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恋唄綴り

第十四章 「オープニング・ナイト」

小屋入りは初日前日の1月7日。翌日の8日にはゲネプロと初日が控えている。劇場で稽古出来るのは小屋入りしたこの一日のみ、のはずだったが、稽古など出来るほどの時間的余裕もなかった。
朝から舞台美術・照井さんによるステージの建て込み。照明・伊藤さんによるライティング。また装飾・金勝さんによる楽屋の飾り込み。演助チームやボランティアのスタッフは、チラシやパンフを折り込んだりと、稽古というより諸準備に追われる一日となった。
それでも、少しでも多くの時間、本番同様の舞台上に慣れておきたくて、楽屋を出てはステージに上がらせてもらう。舞台から見える景色は一面の暗闇で、稽古中はずっとずっとこの眺めを待ちわびていた。劇場の暗闇は胎内のように落ち着く。どこかしらに小さな灯りが見え、それが海の漁り火のように見え、集中力が増す(ような気がする)。困ったら、あの灯りを探せばいい、という風に。奥行きの深くない正方形に近いスタジオのサイズも心地よい。一番後ろの席の観客にも、芝居の熱を伝えられそうな大きさ。
仕事の邪魔かな?とも思うがお構いない。出来るだけ可能な限り、この板の上に馴染んでおきたかったので舞台上をウロウロする。とにかく猶予は一日しかないのだから。
舞台上に、稽古場でも使っていた加湿器が置かれていたのは、金勝さんのアイデアだった。喉が痛くない日はほとんどない。誘導灯のような役割も果たす加湿器が二台、本番でも使用するという。金勝さんなりの労りのプレゼントなのかもしれないが、その加湿器の前に居座ると安心することも出来て有り難い。

この日は、高円寺への転居日でもあった。もう家には帰れない。千秋楽を迎えるまでは、この街に寝起きし、まさしく芝居漬けの日々を送ろうと覚悟を決めた。宿代は持ち出しになるが、終演後、満員電車に揺られながら帰宅する余力があるとは思えなかった。同じく、朝の通勤も。逡巡したが年明けに宿を予約しておいた。この芝居を成功させる為には、多少の出費は最早なんてことはない。
その駅前のビジネスホテルに、午後チェックインし、歩いて5分ほどの明石スタジオに戻る。衣裳のまま移動しても問題ない。やはり宿を取って正解だったと思いながら。
夕方から、ようやく「場当たり」と呼ばれる照明との擦り合わせを兼ねた抜き稽古が始まった。
舞台経験の乏しい自分は「場当たり」であることも忘れ、本番さながらに声を出し、動きわめき、気付くと普段と変わらない通し稽古のようになってしまい、周囲には迷惑かけたかもしれない。がしかし、サラッと流して芝居出来るような代物でもない。ライティングも大事だが、小屋で演じる初めての夜なのだ。あっという間に過ぎていく時間がもどかしい。
夜9時終了。小屋との契約上、長居することも出来ないので、この日は解散。駅前の中華屋で山田、森谷、森川の計4名でビールで喉を潤し、気付けに紹興酒を一杯、呑ませてもらい即解散。自分だけでなく、皆もそうとう疲れていて、また不安でもあるだろう。一番不安を抱えているのは紛れもない自分。とにかく…本番は明日なのだ。まだ場当たりも最後まで通っていない。不安だらけの前日。それでも初日はやってくる。後もう数時間と呼べるうちに…。部屋にも加湿器を用意してもらい就寝。
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1月8日(木) 初日

大好きなジョン・カサヴェテス監督作品「オープニング・ナイト」では、主演のジーナ・ローランズは舞台本番前日に失踪する。「本番までには戻ってくるから」と言い残し…。ひりひりと痛い、苦しい映画だった。その苦しみを越えたところで物語は着地する。エンディングは忘れたが、カーテンコールを浴びたような爽快感があった。果たして今日はそんな一日になれるだろうか? どんな思いでこの宿に戻ってくるのだろう? 全八回の公演ではあるが先々のことなど考えられない。今日この一日を生ききる。今日を最高の一日に「ハレの日」にしたい!! カーテンを開けると快晴だった。
朝食後、出勤するサラリーマンと共に、明石スタジオへ。朝9時入り。
まず着替え。メイクはしない、必要なし。汗まみれになればよい。ウォーミングアップ後、場当たり開始。芦花公園から一転、視界には絶えず暗闇があり、光が導き、音が巡る。その感覚は待ちわびていたもので、それだけで力をもらえた。しかし、そこに観客が加わるのだ。数時間後、まだ一度もこの芝居を見たことのない観客が目の前に立ちはだかる。そんなことも意識しながらの場当たり稽古。
終了後、小休憩。午後二時にはゲネプロ開始。食事…これが困った。ゆっくり食べている時間はない。食欲もそんなにない。けれど食べないと持たない…。頼るべきはやはりバナナ。そしてゼリー。それで持つかはゲネプロで試せばよい。
30分前から諸準備に入り、これも本番同様に楽屋待機。そして、いよいよのゲネプロが開始された。本番の為のリハーサルと呼べばいいのか? それでもこの回しか観ない観客もいるわけだから、ゲネとはいえ手は抜けない。無論、手を抜くような余裕もないが…。
小屋入りしてからの初めての通しにもなる。二日振りの通しということもあったし、何から何まで稽古とは勝手が違い面喰らう。何より調子を狂わせたのが、朧げに見える観客の姿。関係者、評論家、そんなに多くはなかったが、ほとんどが無反応に近く、また皆が腕組みし、冷ややかに芝居を見ているような印象を舞台上で感じ受けてしまい、次第に固く、重くなってきてしまった。その重い空気に呑まれないようにと、どうにかしようと躍起になっては空回り。そんな状況を自分でも感じられるくらいに、無駄に緊張感だけが高まる、それまでの手応えも擦り抜ける、最悪なゲネプロになってしまった。
なので終了後はどっと疲れる。とても流れの悪い芝居だった。要因は自分にあるのは明らかだった。大問題はなく、どうにか最後まで通ったが、そんなことで満足なんてしていられない。数時間後の初日幕開け、今と同じようなことをしていては駄目なのだ。お堅い芝居じゃない、エンターティメント、笑毒劇、なのだ。
演出・細野さんからも同様のことを言われたが、自分自身が一番わかってもいた。さて、どうしたものか? ジタバタしても始まらない。失踪するにも時間がない。約2時間後、この日を目指し、この日の為に頑張ってきた初日がいよいよ幕を開ける———
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ゲネプロ終えて、少しだけ散歩。気分転換を兼ねて、近くはない少し遠いコンビにまで。食べれるかどうかもわからないバナナを一本追加で買う。そして麻薬と化した栄養ドリンク。
夕暮れて来た高円寺の街並を少しだけ歩く。小一時間後には、この劇場を目指して多くの人がやって来るんだな? まるで他人事のように思う。
劇場前の喫煙スペースで煙草を吸っていると、買い出し終えた録音の若林さんに出くわす。何やら物言いたげな若林さんだったが、笑顔で立ち去る。ゲネの緊張振りは若林さんにも伝わったことだろう。けれど特に何も言わず立ち去って行く若林さんに、小さく感謝し、勇気が湧く。
楽屋に戻ると、東映京都撮影所の西嶋さんより、撮入祝いの酒が。初日であると同時に、今日は映画「貌斬り KAOKIRI」のクランクインでもあるわけだ。西嶋さんありがとう。そんなことも忘れるくらい、どうしようもなく押しつぶされそうになっていた。これまた勇気をもらう。
バナナを一本、無理矢理腹に流し込む。。バナナ一本も食べきれないほどの緊張感など初めてのことだった。本当に喉を通らずにむせそうになる。最後は水で流し込む。
開演一時間前に舞台上へ集合。細野さんを囲み、全スタッフ、全キャストが集まる。
「緊張するんじゃなくて、集中するように!」手短に、簡潔に、明朗に、細野さんが話し始める。目が合うと、なんだか泣けてきそうなので、目を合わさず声だけを聞いていた。「後はもう役者のもの」言わなくても解るくらい、役者に、何より自分に、賭けてくれていることも伝わってくる。
景気付けの手拍子をみんなでし、解散。しばらく舞台上に残っていた。初日にして満員御礼。100席近くに増えた座席がびっしりと、劇場内を埋め尽くしている。観客の一人一人を敵のように思うのではなく、最高の友人、最高の味方のように思って、いや思わせて、二時間の長旅をまっとうしたい。いや、誰の為にという訳ではなく、自分の為に全うするべきだ。後はもう悔いなく燃焼することしか考えられない。
長く辛い稽古の日々、いつもこの劇場を待ち焦がれていたのではなかったか? この暗闇、静けさ、一筋の光…。そして観客のまなざし。誰より待ち焦がれてはいなかったか?
もう、稽古場には戻らなくてもよい。あと8回だけしか演じられない芝居。全公演、千秋楽の気持ちで、まずは今日、まずはこの日の一回を、今までで最高の芝居にするんだ。そう言い聞かす。
この舞台上は、感情を自由に披露し、汗だくになるまで動き続け、狂喜乱舞し、血まみれになることすら許される聖域だ。その聖域で、過呼吸になるくらい緊張するなんて勿体ない。集中し、研ぎすませ、飛躍せよ! 今こそ、今日こそ、今夜こそ、だ! 今日を越えなければ明日もない。奮い立たす!

30分前に客入れが開始され、舞台上にはもういれなくなり、楽屋に戻り、鏡前にいた。隣には山田キヌヲ。その存在が、いつも安心させてくれた。けれど、甘えてばかりもいられない。彼女がアイロンをかけてくれた小道具のハンカチをポケットに仕舞い、意を決して舞台袖に行くと、助監督役の森谷が袖で懸命に台詞を唱えていた。自分より緊張し生真面目になっている男を見て、何故かホッとし、「いよいよだな」って握手をする。気遣いの男、森谷は僕に舞台袖のスペースを空けてくれ、しばらくそこに座り、会場のざわめきを聞きながら深呼吸する。
黒子役の道川さん、日里も袖で出番を待っている。5分の開演押しが決まったが、特に何も思わなかった。初日、なのだ。何事もスムーズに行くはずがない。何が起きても大丈夫。2時間突っ走れば、まだ見たことのないゴールが待っている。
水を口に含む。目を瞑り、息を大きく吸い、深く大きく息を吐く。首を回す。肩を回す。そしてまた、水を含む。水以上に生命力を与えてくれる飲み物は他にないかもしれない。何度も何度も、唾と等しいくらい微量に、ペットボトルに口をつける。
もう間もなく幕が開く。失踪はせずに迎えた「オープニング・ナイト」。8回の長回しの第一回目。そう、これは舞台であると同時に、映画「貌斬り」の撮影でもある。舞台上には、カメラがあって、そのカメラが始終俳優を追いかけ回す。何もかもが記録される。公演であり撮影でもある。
戯曲の最初の1ページ。この冒頭がうまく行けば、今夜は絶対大丈夫! だからその一行を、一文を、一小節に集中しよう。後は湯水のように、台詞が溢れ出してくれるはず。稽古の日々を信じるのだ。
「解っております…。解っております…。解っております…」出だしの最初の一言だけを反芻する。たったその一言の音色が、命運を握るような気がして。
会場入口の扉が閉じられる気配が一瞬あって、いよいよだなと覚悟した。それまで流れていた音楽がフェードアウトして、舞台「スタニスラフスキー探偵団」のテーマソングが流れ出す。この音楽がとても好きだった。荒野へ挑むような旋律。さぁ舞台へ向かうぞ!
「よーい、スタート!」心の声で、カチンコを鳴らす。最後の大きな深呼吸をして、舞台へ向けて歩み出す。汗ばんではいるが震えてはいない。一歩一歩、舞台上の定位置へ。
椅子に座って場内を見回すと200の瞳があった。自分だけでなく誰もが初日の緊張感に包まれていた。やがて黒子がやってきて、カメラを担いだ。道川さんはカメラを僕に向け、向けられたカメラの前で、レンズに向け挑発のポーズをとる。カチンコは鳴らないが、映画「貌斬り KAOKIRI」の舞台「スタニスラフスキー探偵団」のファーストテイク、初演がいよいよ始まった。
カメラと決別し、観客席と対峙する。静寂。圧倒的な暗闇がそこにあった。そして第一声ーーー

その後は無我夢中。言葉にするとチープになりそうなので控えることとして、これ以上のことは記憶も乏しく、とても書けそうにない。写真は故にほとんどない。残念ながら…。
ただひとつ言えることは、お客さんのエネルギーによって、稽古では至れなかった世界に、芝居も僕も連れて行ってもらえたということ。劇場には、やはり劇場にしかない聖域があり、そこは本当に自由で、甘美で、「ハレの日」と呼ぶにふさわしい何かが潜んでいることを初めて教えてもらった。
初日の、声援にも似た思いがけない笑い。とにかく勇気をもらった。
二日目の翻弄、初めての昼と夜の葛藤、憔悴。手応えを得れば新たな課題が顔を出す。
三日目の本末転倒、自信と過信を思い知る。夜の回の前に、カラオケの鉄人さながらに再び本を読んで臨む。30分の補習。
四日目の復活。原点に立ち返る日。千秋楽前に、新たな感情に出会い、物語の奥深さを知る。
そしてそして千秋楽の大団円。終演後の拍手喝采は、生涯忘れることはないだろう。舞台って、生ものなんだなぁってことを、今回ほど思い知ったことはない。
そんな瞬間も、あんな瞬間も映画の中に、映画「貌斬り KAOKIRI」にすべて刻まれていることだろう。
だからこの「恋唄綴り」もひとまずはこれで終了。長々お付き合いくださり、ありがとうございました。

舞台「スタニスラフスキー探偵団」を経ての、映画「貌斬り」は絶賛編集中です。完成遅れてる報告もありますが、それもまた当然。滅多に観られない映画へと至る過程でのことです。
この文章は、その完成した映画を、全国各地の映画館で観てもらいたい一心で書いてみようと思ったものです。
映画「貌斬り」はモーションギャラリーサイトにて、劇場公開を支援していただける方を募っています。良かったらサイトの方もご覧になっていただければ幸いです。募集締め切りはもう間もなく終了となります。
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そして、これまで賛同してくださった皆様、本当にありがとうございました。
完成後のこと、また「恋唄綴り」の続編として、報告を兼ねては書いていけたらとも思います。
そして東京だけではなく、ひとつでも多くの劇場で上映されるよう努力することが、賛同してくださった皆様への恩返しになるのだと思います。
その際は出来るだけ、自分も劇場へ馳せ参じたいと思っています。






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この場を借りまして、全スタッフ、全キャストの皆さん、本当にお疲れ様でした。
映画を、映画館の暗闇で。DVDやスマホで見るような映画ではないことは間違いないのですから。その為に出来ることの何かを探していきます。興行面ではまったくもって非力な主演俳優の映画ですから、どうか今後ともお力をお貸しください。1人でも多くの人に、映画が届いてくれますように…。これからもどうぞよろしくお願いします。

最後の最後に細野辰興さん、今の僕を主演に捉えて映画を作るということが、本当に不届きな企画なのだと思います。その思いに応えたい一心で、約二ヶ月の日々を闘うことが出来ました。かけがえのない30代最後の挑戦の日々を、本当にありがとうございました。
映画「貌斬り KAOKIRI」は紛れもなく、今の草野康太の代表作となることでしょう。完成を楽しみにしています。
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12月30日 芦花公園稽古場にて
恋唄綴り

第十三章 「年末年始、そして小屋入り」

クリスマスも大晦日も正月も、あっという間に過ぎていった。何も予定は入れられなかったのだから当然とも言えるが、たとえ稽古が休みでも、なんらかの形で舞台と映画に関わっている、そんな日々であった。
芦花公園に戻ってからの稽古の日々に、メモらしいメモも書き加えられることはなかった。とにかく毎回が全力の稽古だった。本番の暗闇を想像しながら、また渇望しながら演じていた。細野さんに何か助言されても、最早メモる必要もない。その場で噛み締め、砕いて、腹底へ消化する。覚えることに腐心した台詞と同じ要領で。
新たな音色から、更なるうねりへ。これが新たな細野さんからの要求だった。人が持つ二面性、多面性を滲ませられるように、と。自分でもまだまだ発見があると思っていた。身体が勝手に動いてしまうような、言葉が勝手に溢れてきてしまうような、この戯曲にはまだまだ出会っていない感情が隠されているはずだ。これでいい、ということはない。大丈夫も、OKもない。狂気のような、奇跡のような瞬間に出会う為、もう一回、あと一回、螺旋階段を登るように、演じて演じて演じ続けて行くうちに、別世界への扉が待っていると信じて、息を整え、無心になって毎回スタートラインに立つよりなかった。
「緊張するんじゃなくて、集中するんだ!」御殿場合宿を経て、細野さんからのこの言葉をいつも自分に言い聞かせた。
年末からは録音の若林さんも合流。映画だけでなく舞台にも精通してそうな若林さんだけに心強い。何より稽古場で存在感がある。俺に任せろ! そんなオーラに満ちていて、席に座ってくれるだけで何故かしら安心する。
撮影、黒子役の道川さんも、同じく黒子役、日里ちゃんも本番体制。皆も衣裳を纏いつつ、芝居の全形像だけは見えてきつつあった。出来ることなら一刻も早く劇場に乗り込みたい。闇や光を感じながら芝居を体感してみたくなってきた。

12月30日、その年の稽古の最終日にウエイトレス役の和田光沙の誕生日があった。前回に引き続き、稽古中は彼女のアドリブに皆が振り回されることとなる。しかし彼女なりにその日の芝居の流れを汲み取って、その上でのアドリブを披露してくれるので破綻がない。ワビサビを熟知したかのような絶妙なアドリブに、やはり自分も救われている。二度目の出演でありながら、毎日の稽古を常に新鮮に演じようとしている。同じことはしない。簡単なようでいてとっても難しいことを淡々とやり続けている彼女の存在も、やはり心強いものだった。

2014年の最終稽古のあと、地元横浜へ戻り、映画監督であり旧友の御法川修氏と、同じくドキュメンタリー監督の中村高寛さんと久々に会う。約束したわけではなく突発的に会えることになったので中華街まで向かった。三人で会うのは本当に久々のこと。今日だけは、とことん呑んでしまおうかな?とも思うのだが、水分不足なのか、呑んでも呑んでも酩酊しない夜。気付くと行きつけの店のカウンターで、一人最後まで居残ってしまった。
明日は大晦日。2014年の締めくくりに思うことは、やはり舞台の成功だけだった。この舞台が成功しなければ、映画「貌斬り KAOKIRI」へは至れない。年が終わる感慨は、だからまったく感じられず。
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大晦日、一人自室で紅白歌合戦を横目に見ながら、台本をめくりつつ除夜の鐘を聞いた。無意識に台本を開いていた。稽古場ではもうほとんど開くことのなくなった台本を年の終わりに、また新年の始まりにもう一度読んでみたくなったのだろうか? 手垢にまみれた台本は、相棒と呼べるくらい愛着が湧く。どこにも売っていない。誰にも理解出来ない。自分だけがメモを記し、斜線を加え、色を重ねたオリジナル台本は宝物だ。だからゆっくりと、じっくりゆっくりと、久々に時間をかけて読み直してみた。読んでみて改めて、濃厚な素晴らしい戯曲だと再認識する。だからこそ演じ手にとっては大変な芝居なのだが…。

元旦のみ、家族親戚と共に過ごす。毎年、相模原の母の実家へと向かう。午前中は冷たい雪が舞った。そんな中での寒中水泳を見物するのが毎年の行事のひとつ。
寒中水泳の最多出場記録を保持する祖父に会う。すっかりご無沙汰。ボサボサ頭に髭面の孫を見ても嬉しいものなのか? ひ孫も3人出来た祖父の機嫌もとても良さそうだった。「長谷川一夫をやるんだってな?」正確には違うのだが、「まぁ、そうなんだよ」と答えておく。
年始に僕の出演作があると、必ず年賀状に宣伝を書き加えてくれた。「水戸黄門」に出演することを誰より喜んでくれたのはこの祖父かもしれない。そんな「水戸黄門」もなくなってしまって、夜9時からからの二時間ドラマで犯人役を演じている自分を見てもらっっても困ると、あまり活動を報告出来ていない。
けれどこの芝居は観てほしい、そうは思いつつも、高円寺まではなかなか来るの難しいだろう。でも映画になれば。映画館になら来てもらえるかもしれない。そのときなら招待したい。その為にも頑張ろう。不義理な孫ではあるが、そんな思いだけは持たせてもらっている。現実的には難しいかもしれないが、孝行出来ることがあるとすれば、やはり演じている姿を観てもらうことに他ならない。

翌日、2日からはジムに行った。担当の木村さんには舞台のことも正直に話し、そこでのパフォーマンスを考慮したメニューを作成してもらっていた。この2日も、みっちりと1時間トレーニングに付き合ってくれた。木村さんのお陰で偏頭痛も首痛も肩こりも改善されていた。何より、スタミナ調整も考えて、食事や日頃の生活のアドバイスまでしてくれる。体幹を鍛え、走ることで持久力を鍛える。舞台が始まれば、二時間は休むことが許されない。苦手なランニングも、この時期ならあえて挑戦出来るのだった。出来る限り、汗をかこうと思っている。本番では、限界まで汗まみれになりたい。汗と熱と息遣いを間近で感じてもらいたい。内容も大事だけれど、今のこの自分が、自分という存在をどこか遠くに放り出して、ここまで無心に、ここまで汗まみれになれることを、馬鹿馬鹿しいくらいに表現したい。故に、走る!
ジムの後は、恒例のカラオケには行かず、翌日からの稽古再開に備える。
草野家は喪中のため年賀状は書かないが、挨拶がてら、舞台のことを告知したりもする。公演初日まで一週間を切っている。逃げも隠れも出来ないし、初日を遅らせることも出来ない。稽古という猶予はあと3日。明日の稽古も本番モードで行くしかない。稽古開始は午後1時からだけど、本番でもそうなることを想定し、朝8時にアラームをセットする。

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年が明けてから、チケットを予約してくれた友人知人のリストが増えてきて、完売間近の公演も出始めてきていた。完売は嬉しいが、肝心なあの人からの連絡はまだない。このままじゃ観てはもらえないかもしれない、そんな嬉しい悲鳴もあげたくなるが、そこはもうどうしようもない。すべての回が満席になれば万々歳だ。
本番直前だというのに、細かいアクシデントも幾つかあった。すべては本番に向けてのリハーサルだと思えば、寧ろ歓迎すべきアクシデントだったかもしれない。これが稽古で良かったと…。
しかし小屋入り直前の通し稽古に金子くんが姿を見せず、熱を出したと報告を受けたときだけは最悪の事態をも覚悟した。流行中のインフルエンザに罹ったのでは?と、誰もが肝を冷やした。
翌る日、具合悪そうに稽古場にやって来た金子くんは、幸いインフルエンザではなかったようで、代役を覚悟していた演出助手の村田くんも拍子抜けした様子だった。
演出助手の村田くん、清水くんは共に、日本映画大学の現役学生。自ら志願しての演出助手らしいが、プロンプに代役にスケジュール調整にチケット管理、弱音も吐かず、本当によく続けてくれた。僕も一度だけ演出助手をやった経験がある。その舞台で一度だけ、歌手であり女優のりりィさんの代役をやったこともある。何事も経験。無駄な経験など何一つないはずで、いつか彼らがこの稽古の日々を振り返ることがあったら嬉しい。また芝居や映画作りの大変さと魅力に気付き、ヤクザな人生に足を踏み入れることとなったら、大いに歓迎してあげたい。
稽古最終日は、美術の金勝さん、助監督の有馬くん、そして村田くん、清水くんが活躍してくれて撤収。スタッフキャスト関係なく小屋入りの為の荷物をまとめた。
一ヶ月以上通った芦花公園の稽古場ともお別れだ。何もなくなった稽古場の床を清掃する山田キヌヲの姿に、しんみりとしたものすら感じてしまう。ガランとした、なにもない空間に戻った稽古場で、積み上げてきた時間は決して無駄ではないと前を向き、いよいよ明日からは高円寺へ向かう。
待ち望んだ劇場の暗闇が待っている。一寸先は闇、とよく言うけれど、いやいや違う、一寸先は光かもしれない。暗闇と光とのコントラストの中で、自分はどこまで弾けられるだろう、どこまで輝き、また心の闇を表現することが出来るだろう。胸が高鳴り、鼓動が一層早まっていく。武者震いってこういう感じなのか?
もう、なんにも考えること出来ない。後はやるだけだ。ぶっ倒れるまで、舞台上でのた打ち回るしか出来ない。可能な限り身軽に、必要最小限なものだけ持って、身体ひとつで乗り込んでやろう。
20年前、映画や舞台に想いを馳せながら過ごした、我が心の高円寺へ。。。。
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舞台「スタニスラフスキー探偵団」を経ての、映画「貌斬り」は絶賛編集中です。完成遅れてる報告もありますが、それもまた当然。滅多に観られない映画へと至る過程でのことです。
この文章は、その完成した映画を、全国各地の映画館で観てもらいたい一心で書いてみようと思ったものです。
映画「貌斬り」はモーションギャラリーサイトにて、劇場公開を支援していただける方を募っています。良かったらサイトの方もご覧になっていただければ幸いです。募集締め切りは4月27日までです!
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第十二章 「御殿場合宿(後編)」

12月21日(日)
朝6時起床、オリエンテーリング参加。国旗を掲揚する。なかなか出来ない経験だし、あえて志願する。「君が代」を聴きながら、村上春樹「ノルウェイの森」を想起する。
午前稽古開始。喉の痛みは治まらず、がしかし恐る恐る声は出してみる。出すことで更に喉が強くなるかもしれないし、怖がっていても仕方ない。痛みが消えるころには新しい音色が獲得出来ているかもしれない、と淡い期待も抱きながら…。
前日から道川さんの黒子カメラだけでなく、定点で別カメラも回し始めている。演じている自分がどう映っているのか? 気にならない訳でもないが、チェックする余裕もない。
稽古はこの日も本域で、通しも数回。台詞がままならない箇所がこの段階で出てきて焦る。何度も通して演じてきてわかったのだが、どこかで台詞を確認出来るような時間がない。舞台が始まったら、板の上にあがったら、素に戻れるような時間もない。特に後半はダイナミックに展開されるので、何が起きても台詞だけは飛ばないように何度も何度も腑に落とさないと本番が怖い。まだこの稽古中は許される失敗だが、その失敗をも本番の糧にしていかないと意味がない。
疲れてる。集中に欠ける。何事も言い訳にならない。そうならないようにする為の稽古。たっぷり時間があるようで、徐々に焦りのようなものも芽生えてくる。果たしてこの芝居は本当に面白いのか??
細野さん、有馬くん、常に同じ観客の前で何度も繰り返して演じていると、ときどきどうしようもなく不安にもなる。

夜は懇親会。稽古一筋の合宿中、唯一のゆったり出来る時間。
女子が宿泊してる別棟の和室にて酒を呑む。ここでの飲酒は許可を取れば許されてるようで、ビールやらワインやらを呑みながら談笑。なんだかんだでストレス溜まっているのだろう、助監督有馬くんが異様に酔っぱらっていたのが印象的。本当にタフで、全員分のケアをしてくれている。最年少の金子くんは誕生日ケーキを肴に酒を呑み撃沈。すやすや寝ていた。
皆で長谷川一夫主演「銭形平次・まだら蛇」をDVDにて鑑賞。共演は美空ひばり。主役芝居とはどういうものなのか? また声の出し方、身のこなし方、いろいろ参考になる。
宴もたけなわ、まだまだ呑めそうな夜でもあったが、後片付けは若手に任し、早々に風呂に。40間近のおじさんは早くあったかい風呂につかり、明日の稽古に備えて眠りたい。偽らざる心境。
風呂場へ行くと寝ていたはずの金子くんもいて、老人のように半身浴していた。この飄々とした現役大学生、金子くんのマイペースさに何故かしら癒されてしまう不思議。
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12月22日(月)
稽古合宿の仕上げの日、と勝手に思っていた。
何か、何でもいいのだ。この地まで来た意味を、形にして帰りたいと…。ただ疲れて帰るだけでは勿体ない。何かしらの手応えを土産に帰りたい。
昨夜の懇親会の影響もあってか、午前午後は稽古も停滞気味。細野さんだけでなく、撮影・道川さんも有馬くんも疲れの色は隠せない感じだった。この三人は稽古だけでなく、映画のカット割りも考える為の合宿なのだから当たり前だ。
こうなってくると、ダラダラと止めながらやる稽古より、本番さながらの通し稽古のほうがピリッと皆が緊張して、稽古にも張り合いが出る。失敗しようとも最後まで通すのだ。稽古といえど一本道の綱渡りをしているほうが集中も持続できるようになってきた。

恐らく稽古合宿最後の通し稽古が始まる前に、細野さんが口を開いた。
「ハレとケ」についての話だった。舞台の上で緊張している俳優を観たくて観客は劇場に来る訳ではない。日常を忘れ、非日常に身を浸し、俳優の生き生きとした演技を観たくて観客は劇場へ足を運ぶのだ。芝居は、舞台とはそういう意味で、「ハレの日」なんだよ、と。
「演技を魅せろよ」そんなことを言われたことも思い出す。演技を、技を見せろ。緊張している場合でも、不安に押しつぶされてる場合でもない。観客を魅了するのだ。「ハレの日」の姿を焼き付けてもらうのだ。
不意に発せられた細野さんの幾つかの言葉が、通し稽古開始数分前、何故かストーンと腑に落ちた。視界が急に明るくなるのを感じ、また劇場の暗闇の中にいるように安心出来た。欠けていた何かが、ピタッと身体の空洞に引っかかり、ギアが入った瞬間だった。と思う。

「よーい、はい!!」
本番さながらに暗転し、明転し、テーマ音楽が鳴り、その音楽と共に舞台上へ。
出だしに苦労する芝居だった。出だしでつまずくとなかなか修正できない。だからいつも怖かった。しかし、この日の通し稽古も「ハレの日」なのだ。いや「ハレの日」の為に僕らは向かっている。その「ハレの日」というこの言葉が何故かお守りになって、そこから先の、この日の芝居に変化を与えてくれた。

2時間の通し稽古を終えると、まずはトイレに駆け込み顔を洗う。汗だくの顔を洗い、喉を消毒する。
すぐに反省なども出来ない。最後まで通せたことにまず安堵し、荒れた息を整える。誰の顔も見れない。誰にも顔を見られたくない。ほんの少しの時間でも、一人っきりにしてくれと思う。
稽古場に戻ると、馳役の嶋崎さんが昂揚した様子で「面白かった〜」と、初めてそう言ってくれた。出番が来るまで、いつも観客の位置から僕らの芝居を観てくれる嶋崎さんで、ときどき合いの手のように笑ってもくれ、無反応な稽古場では多いに助けてくださったが、今日は本当に楽しんでくれたみたいだった。その嶋崎さんの反応が素直に嬉しかった。
破綻もあったが、それも今はよし、演じていて初めて解放された通し稽古だった。それを誘ったのは、細野さんの「ハレの日」の話し。この言葉に誘導されるように、心も身体も一歩前へ進んだと感じられたこの日の稽古が、御殿場合宿のひとつの到達点となった。
不思議なことに、痛みが続いた喉のことも、稽古が終わった後はあまり気にならなくなっていた。
稽古終わりの最後の風呂を堪能し、また最後の夜を過ごす。
ひとつのきっかけをもらったことで、本番へ向けてのまた新たなモチベーションが上がってきた。この日の芝居をベースに、いや、もうこれ以上は停滞出来ない。ここから先へ、前へ、前へ。。。
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12月23日(火)

最終日も6時起床。最後となるオリエンテーションにも参加。静岡の高校生達、台湾からの女子サッカーチーム(大学生?)らとも今日でお別れ。この台湾女子サッカーチームの面々が本当に可愛らしく、助監督役の森谷と僕を多いに喜ばせてくれた。当然、観に来てはもらえないだろうけれど、最終日ということもあって舞台のチラシを配布する。女子ワールドカップの予選で、いつか彼女たちの姿を見つけることがあるだろうか?いやいや、その前に自分らが台湾のスクリーンに映し出されなければいけないのだ。
荷物をまとめ、最後の稽古に臨む。前半部分のみの、抜き稽古としてスタートしたはずの午前稽古は、何故か白熱し、そのまま後半部分にも突入し、後半は延長サドンデスのような芝居が続くため、途中で中断することもなく、気付くとラストシーンまで稽古していた。無問題。想定内。もう何も恐れはしないし、動じない。
五泊六日、御殿場での稽古合宿はこの日の午前をもって終了。
これまた最後の昼食を堪能し、三三五五、帰宅。
御殿場からは一人、高速バスで帰宅した。舞台「スタニスラフスキー探偵団」テーマソングとなる、「恋唄」が入っている内山田洋とクール・ファイブのベストアルバムを聴きながら…。
窓外の風景に何故かマッチして、胸に沁みて、グッと込み上げて、約2週間後に迫った本番のことをイメージしながら、「ハレの日」を待ち焦がれながら聴き続けた。音楽に身を委ね、詩に心を重ね、無心に、空っぽになり、目を瞑った。。。

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舞台「スタニスラフスキー探偵団」を経ての、映画「貌斬り」は絶賛編集中。完成遅れてる報告もありますが、それもまた当然。滅多に観られない映画へと至る過程でのことです。
この文章は、その完成した映画を、全国各地の映画館で観てもらいたい一心で書いてみようと思ったものです。
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「恋唄綴り」

第十一章 「御殿場合宿(前編)」

12月18日(木)
前日の撮影は深夜0時を過ぎたが終電で帰宅。その終電を逃したらプロデューサーのSさんが自らの運転で自宅まで送ってくれるというが、ギリギリで間に合う。不眠不休でハンドルを握るSさんの運転で帰るのはちょっと怖く避けたいとこでもあった。もしそうなったら自費でもよいからタクシーで帰えろうとも思っていた。カーチェイスさながらに最終電車を追いかけて走っていたSさんの車は、奇跡的にN駅で最終電車に追いつき、猛ダッシュで駅の階段を駆け下りてはその電車に乗り込んだ。やれやれ…。タク送など今は遠い昔の話、のご時世なのだ。帰れただけ良しとしよう。
二日間の撮影はタイトだが楽しかった。冬の光を久々に浴びた。風は冷たかったがそれも心地よかった。ずっと稽古場のエアコンを浴びていたので、余計に喉に優しかった。台詞が少ないのも助かった。老けメイクを凝らし、新卒社会人の父親役を演じた。
2日の撮影と2日の休日。計4日の稽古休みはリフレッシュ出来た。そして、これでもう休日は終わりなんだと覚悟も出来た。後はもう本番まで突っ走るのみだ!

翌朝、早朝の高速バスに乗り富士山の麓、御殿場へ向かった。
前回公演では二回の合宿が組まれていた。朝から晩まで稽古三昧。共演者と寝食を共にし、役を深め、芝居の完成度をあげる。今回は一度しか組まれてないが5泊6日。稽古のヤマ場がこの合宿となることはあらかじめ解っていた。
国立の青少年教育施設「国立中央青少年 交流の家」が今回の合宿の拠点となった。
御殿場の駅で細野さんの車にピックアップしてもらい、ドラマ「戦国自衛隊」やVシネマでお世話になった御殿場の街を眺めながら交流の家へたどり着く。
冷たく澄んだ空気、「家」とは名ばかりのただっ広い敷地内。道路を隔てた敷地は自衛隊の基地でもあった。そして間近に富士山が見えた。
芦花公園から御殿場へと。まさに稽古の折り返し地点。こんな遠くまで来てしまった。

まず、場内の説明を兼ねたオリエンテーション。元は米軍のレクリエーションセンターであった土地を、昭和34年から国民施設として開所した歴史ある施設であることを聞く。その後、初めての昼食(バイキング)を経て、稽古の為の講堂に集合する。
芦花公園の稽古場からは一転し、とにかく広い講堂だった。思う存分、声を張り上げても、最後列には届かないかもしれない。それくらい広い場所だった。ちょっとしたコンサートにも対応出来そうだ。
解放的で、見晴らしも良い最高のステージで稽古出来る。そう思ったが、いかんせん寒かった。ストーブを焚き、尚かつ暖房も入れてもらったが寒さは軽減されない。隙間風なのか、足下からスースーと冷気がまとわりつく。とは言え、稽古は楽しくスタート出来た。稽古場が変わり、目先の風景が変わり、演じていて新鮮だった。
この地までも同行してくれた美術の金勝さんが、またしても本番使用の仮設の舞台空間を作ってくれた。助監督、有馬くんも何から何まで頭が下がるくらい働いてくれる。
「声」の課題を突き付けられて臨んだ合宿だったが、この日の「声」は自分でも少なからず変化が感じられた。数日の休暇が好転したんだと思った。もしくは稽古場の問題か。壁に跳ね返る芦花公園の稽古場は、自分でも声を出していて息苦しくなることがあった。御殿場に籠る数日間で、本番への手応えをしっかりと感じたい。そして新たな音色を獲得する。自分なりの目標だった。

夜になり、寒さがどっと場内を支配しはじめて、この日の稽古は早々に終了。熱くなっていくはずの芝居も凍えてしまいそうな勢いで、夜の御殿場の寒さは身に染みた。
さすがにこれ以上この寒さと闘いながら稽古は出来ないと、明日からの稽古場を急遽探すことに。
広大な敷地内のミーティングルームが使えるかもしれないということになり、金勝さんが素早く段取りを進めてくれてはこの日のうちに帰宅された。陣中見舞いの焼酎と日本酒を置いて。初日だけとはいえ、金勝さん不在では合宿も成立しなかったのではないだろうか?
夜9時、施設内の浴場にて、共演者と汗を流す。いや、凍えた身体を温める。馳役の嶋崎さん、壷井役の金子君とは、この風呂場で初めてゆっくり話せたような気がする。芦花公園では、そういう時間もあまり持てなかった。

本来は禁煙禁酒の部屋で、皆でこっそり呑んでから寝る。金勝さんの焼酎をお湯で割っていただく。
寝不足の自分は誰より早く休ませてもらおうと思っていた。
明日は6時起床!? と、合宿初日から軽い悲鳴をあげたくなるのだが、寝て起きて、芝居して芝居して芝居する為の合宿なのだ。余計なことは考えず、この一杯を呑んだら寝よう…と思う間もなく記憶が途絶える。
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12月19日(金)

6時起床、というか、6時に宿舎内にアナウンスが入り、自ずと目を醒まさなければいけなかった。
朝のオリエンテーション参加がこの施設を使う者の決まりで、気温が氷点下の場合のみ中止となる。この日の朝は0度を下回り、中止のアナウンスが響いた。
7時から朝食。これまたバイキング。学生が使うことの多い施設なので、食事は充実していた。
昨日の焼酎が思った以上に残っていた。そんなに呑んだ訳ではないのに、何故か? 食事も進まず気持ち悪い。胸のあたりがムカムカする。ヤバい…。
一旦部屋に戻り、軽く横になり、水を飲み、煙草を吸いに行き…あっという間に稽古開始の9時。
そして間髪入れずに細野さんの「ヨーイ、ハイ!」通し稽古が始まった………。
午前中は本当にキツかった。芝居の間もひたすら水を飲んでいた。吐けるものなら吐きたいくらいに。
昼食を挟んでからの午後になりようやく少し落ち着く。新たな稽古場、普段はミーティングなどに使用されるその場にも慣れる。講堂に比べれば狭くはなるが、芦花公園より奥行きもあり、何より空調が効いているので暖かい。
合宿参加メンバーは出演者全員。それに加えて演出の細野さん。助監督の有馬くん。黒子役兼演出助手の日里ちゃん。更に、黒子役兼映画「貌斬り」におけるカメラマン、道川さんが加わった。
道川さんがこの合宿に参加することも、この合宿のテーマのひとつ。黒子カメラマンを加えての芝居。黒子の動きが、これまでの芝居とどう融合していくのか? 本格的に着手する。演じていても、黒子の存在がアクセントになる。かといって黒子は黒子。意識ばかりもしていられない。これまた芝居同様に、呼吸を合わしていくしかない。
道川さんは仕事も何度かしているが、とにかくいろいろな場所でよく顔を会わす。フットワークの良い活動的なカメラマンである。同世代ということもあり、影響受けてきた映画にも、人物にも、共通点がある。この「貌斬り」の、この黒子役を含めた道川さんの起用も心強いものだった。
夕方のオリエンテーションも、寒さのため中止になり、夕食を経て夜も稽古。自分も含め、疲れてない人など誰もいなかったことだろう。
風呂の時間が待ち遠しくもなり…。呑まずともぐっすり寝れそうな二日目の夜。氷点下。明日の朝のオリエンテーションも、どうか中止になってくださいと祈り、眠る。
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12月20日(土)

三日目。朝のオリエンテーションはこの日も中止。決行されても誰も起きれなかったのではないか?
食堂を使うのは自分たちだけではないので、7時きっかりには行かないと込み合ってしまうので早めに食堂へ。前日の反省もあり、この日は朝から快調。たっぷり食べて長丁場の稽古に備える。白米に納豆。フルーツと珈琲。とりあえずこれがあれば満足。
助監督の有馬くんから伝言。「9時開始を30分遅らせてください」とのこと。それでも9時半開始!?なのだ。午前中だけで一回通しての稽古が充分にやれる。果たして今日は何回の通し稽古になるだろう?
他にすることもない施設内なので、9時半開始といえども9時前にはみんな稽古場へ集まってくる。台詞の確認、ストレッチ、殺陣の稽古などなど。自分だけでなく、それぞれが新たな命題と向き合っている感じ。自分はとにかく突き抜けたかった。台詞を置いて喋る段階は終わり、もっと自在に、緩急つけて。全編をアドリブのように繰り出せたら。押したり引いたりを繰り返し、「マジメ」さから脱却すること。その為に、芦花公園の手狭な稽古場を離れ、ここまできたのではないか。
夕方、オリエンテーションが決行されることになり、少し早めに稽古終了。
細野さんに誘われ、食堂横のスペースでお茶を飲む。いっこうに軽くならない風間の演技に業を煮やしたのか、細野さんが出会ってきた巨匠映画監督の逸話を幾つか話してくれた。そんな映画監督たちの集合体が、僕が演じる風間重兵衛となる。今は無き、昭和の巨匠たち。映画監督という名の奇人変人。そういった人たちの残滓を、僕も辛うじて東映京都撮影所で出会わせてもらってきた。そんなことをも思い出し、細野さんの話に耳を傾けながら、風間像をもっと自由に、もっと豊かに膨らませていきたいと改めて思った。枷をつくらず、残りの稽古で野蛮さ、卑猥さ、面白みを加えていきたい。その葛藤の果てにのみ、映画で演じる尾形というキャラクターが潜んでいるはずだ。
この日こうして話す時間を作ってくれたように、細野演出は俳優に寄り添う。寄り添いながら挑発し、その俳優から発せられる新たな演技を待ち続ける。発するのは自分だ。待たせてばかりもいられない。飛躍の兆しを見出すのは今だ! この御殿場の地だ! 

そんな思いとは裏腹に、この日の深夜、喉が痛くて目が覚めた。痛みの為に、というよりは、痛いことが不安となって少しの間、眠れなくなった。
稽古が始まり、喉が痛い日はそれまでにもあったが、痛い箇所がそれまでとは異なった。奥へ奥へ、痛みの度合いも重く鋭くなっている。ひょっとするとこれがポリープというやつか? 一瞬そんなことをも思ったが、どうすることも出来なかった。
重たくて低い声を出そうと、意識して喉を締めつけるように喋っていた。映像では用いない発声法で、勿論初めての試みでもある。それ故の負担であって、ポリープなどどいう大袈裟な病気でもなかろうとも思うのだが、何もかもが心当たりのないもので不安になった。気分転換に深夜の外気を吸いにいくと、見渡す限り靄がたちこめ、まるで舞台上のスモークのようだった。
富士登山にたとえるなら何合目だろうか? 登ったことないから解らないが、公演まではひと月を切っている。明日には痛みが消えているよう。明日には兆しが見えるよう。本番さながらに、明日も朝からフル回転で臨むしかない。逃げようにも、フェンスの向こうは自衛隊の基地である。
不思議と寒さは感じなくて、夜風も心地よく、頭は妙にスッキリして、また深い眠りに落ちれそうな、稽古合宿、三日目の夜。。。

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舞台「スタニスラフスキー探偵団」を経ての、映画「貌斬り」は絶賛編集中。
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横浜・大岡川にて 2014
第十章 「拝啓 山田キヌヲ 様」

拝啓 山田キヌヲ 様

横浜でも桜が咲き始めました。あっという間に満開のようです。
上の写真は昨年のもの。横浜の大岡川という川に満開の桜が散っていく様を毎年のように撮り続けています。天空の下へと向かって映えている桜よりも、満開を祝し、大勢の人で賑わっている中の桜よりも、儚くも散っていっては所在なく、夜の川をたゆたう花びらに、何故だか惹かれてしまうのです。
そう広くはない川面いっぱいに、春風に舞い、枝から巣立った花びらがひしめき合っている様は壮観です。昼は太陽を浴びて、夜はBARやスナックの灯りを反射しては、港町ヨコハマのもうひとつの貌を覗かせてもくれるのです。だから、俺の花見のピークは来週以降。散った桜が川面を満開にする時期もほんの数日のことなので、その日を見極めるのも実は難しいのです。

前置きが長くなりましたが、その後、お元気ですか?
1月の舞台「スタニスラフスキー探偵団」公演、映画「貌斬り」撮影から2ヶ月が経ちました。
その後お変わりありませんか?

恋唄を綴りながら、稽古の日々を思い出しています。ファミマのコーヒーや、なかなか来ない京王線。カットされたフルーツや差し入れのチョコレート、殺陣の指導や、清水くんの座頭市ばりの馳一夫。村田くんのシャイなゆとり小僧から鳥将軍の麻婆豆腐。そして一度しか行かなかった中華屋のことなんかも。思い出すことはいろいろあります。苦しいけれど楽しい、楽しいけれど苦しい日々でもあったなぁと懐かしく…。あの頃は春が来るなんて思えなかった。芦花公園と名付けられたその駅に通いながら、誰一人として芦花公園の場所を知らないでいるんじゃないだろうか?少なくとも自分はそうです。芦花公園駅の、駅名の由来となったはずの芦花公園とやらに、いつかひょっこり行ってみたいと思います。
稽古場へ誰より早く到着したあなたは、いつも掃除をしたり、お湯を沸かしたり、まるで母のような振る舞いで、先へ先へと逸ってばかりの俺の心を和ませてくれていました。芝居のうえではバチバチとやり合いましたが、それだって、ある種の安心感を感じながらの戦いであったように思えてきます。本当に、本当に助けられました。ありがとう。

先日、打ち上げ以来会っていなかった細野さんに会いました。
編集でさぞ疲れているかと心配してましたが…、元気でした。そして変わらずパワフルでした。そしてまた「映画の編集は、大変ではあるが、順調。収穫あり! 」とのことでもありました。予定よりは遅れてるそうだけど、それは仕方ない。編集の若林さんと何回も何回も、稽古と同じくらい何回も、いやそれ以上の回数の全公演の映像を見ては、試行錯誤を繰り返しているようです。二人とも、単純に恐れ入ります。
楽しみだね。どんな映画になっているか、俺は本当に想像も出来ない。出来ないけれど、あの舞台を観た人には驚きの、観ていない人には尚驚愕の、映画の旨味が凝縮された一本となっていることを信じたいと思います。
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ひとつの映画が、ひとつの劇場で公開される。
当たり前のことのような出来事が、当たり前ではない時代になり、映画への関わり方を、これからもっと模索していかないと危ういと感じるようになったのも、以前自分が主演した映画が公開された時からでした。公開されて嬉しいけれど、悔しいというか力不足を感じたことも多々あって。ひっそりこっそり覗いてみた地方のミニシアターのレイトショーで、ガラガラガランとした場内に映し出される自分の姿は本当に切なかったです。場内にはポスターもチラシも置いてなくて、なのにどうして今ここで上映されているのかと不思議になるくらいで…。
東京で公開されたからといって、俺の地元、横浜で公開される保障もない。友人が待っている京都や、ずっと応援してくれている人がいる大阪や、いつも熱いコメントをくださる方が住む九州、更には北海道まで。挙げればキリがない地方都市の数々で映画が上映される環境は、年々厳しくなってきたと実感していますが、映画「貌斬り」をひとつでも多くの劇場で。そして一人でも多くの観客へ。お届け出来る為の何かが、今のこの日常の中で出来ることあれば、もうちょっと足掻いてみたいと思っています。

舞台は千秋楽、超満員の喝采の中で終わったけれど、映画はまだ蕾の段階といったところでしょうか?
映画「貌斬り」の開花宣言、満開はいつになるかはわからないけれど、劇場公開を迎えるその日まで。
自分なりの思いを温めては膨らませ、来たるべき日を待ちたいと思います。そしてまた全国各地に春の訪れを告げる桜前線のように、確かな足取りでゆっくりしっかり、映画「貌斬り」が多くの街を訪ねてくれたらいいなと、願わずにはいられません。
映画を、映画館で観る。その醍醐味を、あのひと月を超える稽古と、8回の公演を経た俺たちの姿が刻まれた「貌斬り KAOKIRI」は必ずや感じてもらえるのではないでしょうか?
なにせ映画の為に稽古をし、また映画の為に公演まで敢行したわけですから。劇場を支配する暗闇の中で、目を凝らし目撃してもらいたい。とっても奇特な、滅多に観られない映画を…。

と、あれから2ヶ月経った今も、何も出来ないながらに、先へ先へと逸ってしまっている訳ですが、これもまた性分のようで…、今目の前に映える満開の桜よりも、散っていく桜に焦がれてしまうのは、そういう性分もあるのかもしれませんが、今年もまた、大岡川の桜を、川面を満たす星屑みたいな花びらを、撮りに訪ねたいと思っているところです。

そして、まずは目の前のお仕事を頑張るしかないですね。苦手な説明台詞の三行を、今週中には覚えようと思います(苦笑)。
キヌヲちゃんも忙しいとは思いますが、体調に気をつけて。またみんなで会えますように。

長々なりましたが、勝手な文章を書いてすみません。
ただ、いつかあなたへのお礼も込めて、また敬意を表し、手紙を書いてみたかったのです。
俺よりもずっとずっと細やかに、稽古の日々を観察し、記録し、研究を重ねていたあなたの姿勢が、この文章を綴るきっかけにもなっていたもので…。
どうかお許しを。。。

3月30日 草野康太
 

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この文章は、その完成した映画を、全国各地の映画館で観てもらいたい一心で書いてみようと思ったものです。
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稽古場にて 美術・金勝さん(左)と細野監督(右)
恋唄綴り 

第九章 「一進一退」

立ち稽古に備えて靴を買った。
稽古だけでなく、本番でもそのまま履いて使えるようにと、単なる稽古靴ではなく底が柔らかいウォーキングシューズを買った。その靴に慣れることも重要だった。舞台狭しと動き回るのだ。裸足に近い感覚に慣れるまで、稽古からその靴を使っていこうと思った。
稽古に備えて帽子も買っていた。前回の風間役との差別化も兼ねて、ハンチングではないハットを用意していた。これまた慣れる意味も込めて、本読みの段階から被っていた。

12月11日(木曜)、連日行われていた舞台「スタニスラフスキー探偵団」の立ち稽古は中断され、映画「貌斬り KAOKIRI」の顔合わせ・本読みが、舞台稽古と同じスタジオで行われた。
舞台の登場人物はもちろん、舞台には登場しない、映画パートのみに出演する木下ほうかさん、佐藤みゆきさん、畑中葉子さんらが加わり、稽古場の空気もガラっと空気が変わった。
舞台のこと、自分が演じる風間重兵衛のことで頭がいっぱいだったが、そう、これは映画「貌斬り」へと至る序章なのだ。この映画「貌斬り」でも、僕は主演として尾形蓮司という俳優の役を演じることとなる。つまり俳優である草野康太が、「俳優役」を演じ、その「俳優役」が舞台では「風間重兵衛」という映画監督を演じ、もっと言えば、その映画監督が舞台上のストーリーの中である実在した俳優の役をも演じるという構成。当然のこと、舞台公演中は毎日カメラが回る。カメラマンの道川さんは舞台の登場人物の一人として、僕らの芝居をカメラで捉えていく。これが映画「貌斬り」の挑戦。そして自分の挑戦。
この日は、初めての本読み。舞台シーンがそのほとんどを占めるとはいえ、初めて尾形の声をも出すことになる。手探りのスタート。
尾形という役は、風間を更にダークにさせていった様なイメージを持っていた。この二役も音色を変えて演じなければならない。本読みだけに「声」での表現が難しかった。
この本読みは参考までに、また録音しておいた。後日聞いてみると、「声」の差別化という課題はまったく解決されてなくて、自分で出している感覚とはほど遠く、まるで音色を感じられなかった。技術的な問題もあるかもしれないが、この時点ではまったく駄目。映像俳優が久々の舞台に立とうとして、必死に力んでいるだけ。空回り。

連日の稽古を、ただの稽古としてではなく、自分が風間重兵衛に成りきることで、その稽古の積み重ねによって、尾形連司という俳優像が少しずつ構築されていけばいいと、どこかで思っていた。
そもそもあまり好きではない稽古を重ねることで、何かしらの変貌が出来ればと…。だから稽古は本気だった。流したり手抜きで稽古出来るほど舞台に慣れてはいない。とにかく毎回本気で。本気で臨まなければ発見がない。なので、しんどく思う時もなくはなかったが、毎日の稽古を気持ちだけは本気で臨んだつもり。
通し稽古の前は本番さながらに栄養ドリンクを補給した。公演中を想定して、水の補給量も本番のつもりで計っていた。夜7時、3度目の通し稽古が始まる前に、その日3本目になるリポビタンDを手にすると、演出助手で黒子役の日里ちゃんが近寄って来て「早死にしますよ」と悪戯っぽく笑って助言してくれた。無意識のうちに手にしている特効薬に頼っている自分が、一瞬だけ哀れに思えた。

「演技を見せてくれ」と細野さんは要求する。「演技で魅せてくれ」とも。
最近よくある「演技をしないでください」的な演出とは対極にある。日常的な、感情を抑えた芝居ではない、言葉は古いが大芝居。躊躇している場合ではない。大向こうに、想いを馳せる。
日頃抑えている感情を煮詰め、圧縮し拡大させるのだ。その感情や意識の飛躍を体感したい。
俳優だから、演技するのだ。演技をしない演技をする為に俳優になったのではない。思う存分、演技の妙を、技を、舞台の上で表現するのみ。映画監督、細野辰興の要求は、シンプルで重厚。
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振り返ってみると、立ち稽古が始まり、映画「貌斬りKAOKIRI」の本読みを挟んだこの一週間あまりの稽古期間が、一番じれったくてしんどい時期だったかもしれない。
覚えているはずなのに抜けていく台詞。揃わないキャスト。あたたまらない芝居。
本気でやろうと思えば思うほど、必死さが空回りし、余裕なくては真面目マジメな芝居になっていってしまう。明日はこうしてみようか? なんてことも思うことなく帰宅すると撃沈。夢の中に、芝居が登場することになってきたのもこの時期から。夢の中でも台詞を喋っていた。
写真もメモも、この時期はほとんどない。よく覚えているのは、全然手応えの得られなかったシーンを助監督役の森谷勇太と居残りで自主稽古したときのこと、本物の助監督、有馬くんが快く稽古場を使わせてくれ、尚かつ山田キヌヲちゃんも付き合ってくれた。三人で役を入れ替わらせて本読みをしてみると、相手の台詞だけでなく、自分の台詞の新たな一面に気付かされることもあった。
猪突猛進、だけでなく、ちょっと小休止してみたり、たまには自分の背中や足の裏まで意識を向けてみることも必要なのかもしれなかった。

ちょうどこの時期、二日だけ映像の仕事が入った。これより後の時期だったら、当然断るべき仕事なのだったが、合宿を控えている今の時期ならばと、リフレッシュも兼ねて稽古をお休みさせてもらうことにした。一旦リセットしたい。偽らざる心境でもあった。
本音はどうかわからないが、撮影に出向くことを快諾してくれた細野さんと、合宿前に一度だけ二人きりで呑んだ。これまでのこと、これからのこと。課題と挑戦を再確認。演出家からというより、アスリートに付き添うコーチのような助言も頂く。
監督であり、演出家でもある細野さんではあるが、僕もまた、細野さんに細かいことは聞きたくもなくなっていた。何を要求しているのかは自分でもわかっているつもり。その突破口を開く為のヒントはいつももらっていた。後は自分次第。それが細野さんとの勝負であり仕事。
二日間の撮影と、二日の休みを経て乗り込む合宿で、まずはその兆しを見つけたい。

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Tommyさん、森さん、ご支援ありがとうございます!
劇場で観てもらえる日を、僕も楽しみにしています。。。
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稽古場にて
恋唄綴り

第八章 「立ち稽古はじまる」

12月1日(月)
13:00〜 駅前のファミリーマートで珈琲を飲み、ゆっくり一服してから稽古場へ。移動の電車内は相変わらず自分の声を聞いている。マスクの下でブツブツと台詞を呟いたりもしている。マスクというやつは風邪予防の為だけにあるのではないのだなぁ、とても便利なものだと知る。
通して本読み。今日はまだ立たず、初めから通して読んでみる。暫しの休憩後、細かく読み合わせ、夜は初めて立ってみることに。唐突だったが準備万全。読みながら腰が浮く感覚もあったので望むところ。
簡単に、ではあるが、立つことで新しい風景が見える。立つといっても前半は座り芝居。どこで立ち上がり、どこでまた座り直すかは自分次第。心のままに。立ったり座ったりを繰り返す。
三日目にして早くも立ち稽古が出来たのも、美術の金勝浩一さんのお陰。忙しい撮影の合間を縫って稽古場に来てくれては、舞台装置を想定した空間を稽古場に作ってくださった。
この金勝さんは、僕の子役デビュー作品の装飾助手をやっていた方、その後何度か再会したものの久しぶりのお仕事となる。思いがけぬ再会。金勝さんの存在は心強い。芝居も真剣に聞いてくれる。演出の細野さん然り。まずはスタッフが最初の観客。この観客に何かを伝えられなければ本番は遠い。

前半の強弱、差し引き、そして相手にあまり対峙しすぎないこと。まだまだ必死さが余裕のない方向にしか向かっていない。初めての立ち芝居は思いのほか動けたが、動きすぎないこと。どっしり、ゆったり構えること。基本ベースは余裕の、不敵な笑みだ。
終了21時。どこも寄らずに帰宅。12月の空っ風が冷たい。

12月2日(火)
13:00〜 再び本読みに戻る。通しではなく、ブロック毎に。それぞれの役を掴むため。
僕の演じる風間に関しては、とにかく「歌舞く」ということがテーマ。いちいち人を見るのではなく、自分の世界に入り込み、妄想を、目先ではなく果てへ、果てへと馳せること、、、
稽古のだいぶ前から、このことは細野さんから課題とされていたこと。
そして集中力。これは個人的なテーマとして。稽古場での集中の仕方。気持ちの置き場を探すこと。
18時過ぎに終了。地元に戻り栄養補給。夜にきちんと食事を取らないと、いつものように痩せてしまいそうなので、普段はあまり遅い時間には食事しないが今回は別。食べることも大事。

12月3日(水)
13:00〜 最後の本読み。早く立ちたくてウズウズもしてくるが、戯曲と向き合う時間も大切かと…。
読みながら、後半になると集中が途切れることもある。自分の声に、台詞のつまずきに動揺してしまうこともある。何故言えないのかと、腹をたててる間にも次の台詞が控えている。素に戻り動揺している場合ではないのだ。このまどろっこしさを克服すること。その為にも、早く本を手放すこと!
夜、芦花公園の鳥将軍という名の居酒屋に初めて行く。翌日も稽古の為、軽めに呑もうと森谷、向山さんと三人で。話題はもちろん芝居のこと。こういう時間、映像の時はむしろあまり持たない。誘われれば断らないが、自分からはあまり誘わない。軽く誘うと快く付き合ってくれた二人に感謝、というか、二人とも呑みたかったのかもしれず…。軽くのつもりが日本酒まで辿り着く…。

と、12月前半の稽古の日々、台本裏に書かれていたメモを頼りに思い出してみるが、詳しいことまでは思い出せない。しかもこの時期、愛機GRで撮った写真はほとんどなかった。それほど余裕がなかったわけだが、連日の稽古は早くも白熱、充実していた。この週は日曜日まで休みなし。
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12月4日(木)
夕方まで立ち稽古。当然のことみんなが手探り。代役のパートもあるのでギクシャク。それでも稽古を重ねないと新たな課題も見つからない。
稽古後、明大前にある居酒屋にて、少し早い忘年会。お花見も主催してくださった古東さんらが呼びかけてくださった「スタニスラフスキー探偵団を成功させる会」に出席。細野さんを慕って集まった俳優やら関係者で大賑わいの宴。再演とは言え、ほとんどの人が「スタニスラフスキー探偵団」がなんなのか知らない訳だ。もちろん主演する自分のことも。自己紹介すると「普段はどんな舞台に出演されてるんですか?」と聞かれ、答えに窮する。普段は滅多に舞台はやらないのだけれど、映画監督、細野辰興さんの舞台だからチャレンジするんですよと言うと「じゃぁ頑張らないとね〜!」と言われる始末…。
そんな訳もあり、とても盛り上がった宴の隅で、心密かに燃えてきてしまった。この場にいる人が芝居を見たときに、どこまで圧倒させることが出来るだろう。圧倒させたい。窒息するくらい張りつめた空気の中で、芝居の醍醐味を存分に見せつけるのだ。主演俳優として形ばかりの挨拶もさせてもらったけれど、風間風に暴れ回りたいくらい、煮えたぎってもいた。甘っちょろい感傷や感動を与えるような舞台ではない、衝撃を与える。笑毒劇。観終わった後、しばらく席が立てないくらい、重たくて鋭い何かを突き刺したい。
言葉でもなく、態度でもなく、舞台の上で、役者として、風間重兵衛として、この日の自分の気持ちを、本番の芝居で感じてもらえたら…とだけ思う。

12月5日(金)
立ち稽古。最後まで通った。後半は、ところどころ台詞が抜けたが、とにかく最後まで辿り着く。
ここに辿り着かないと逆算も出来ない。到達して、やはり凄く大変な芝居なのだなぁと実感。
演劇のトライアスロン。幕が開いたら、ゴールのテープを切るまで休むことは出来ない。泳いで漕いで走って、喋る。喋って喋って、叫んで足掻いて喋り倒す。
前回公演も体験しているだけに、ある程度は全体像をイメージも出来ながら芝居しているが、今回はまったく新しい芝居にしたい。先入観を捨てること。前回はこうだったから今回も、という発想は出来るだけ捨てたい。でなければ再演する意味も、自分が風間を演る意味も薄くなるだけ。前回の風間役、大塚君の演技はナビにはなるが、なぞっていても仕方がない。特に後半部分はまったく最初から芝居を作り上げる気持ちで。後半主に絡む山田キヌヲ、森谷勇太が初演を観ていないのでむしろ今日は新鮮だった。
夜、借りていた「蒲田行進曲」を再見。この時代のダイナミックな演技。力強さが自分にも欲しい。

12月6日(土)
午前、インフルエンザの予防接種を受ける。未だかつてインフルエンザには罹ったことはないが念には念を。多少の副作用があるとは聞いていたが、移動の車中で気持ちが悪くなる。芦花公園の駅に着く頃には二日酔いのような状態になり、結局サミットのトイレで吐いてしまう。
それでも習慣的に南アルプスの天然水とバナナを買い稽古場へ。
13時開始。と共に通し稽古開始。細野さんの「よーい、はい!」の手拍子が鳴ったら、何があっても草野康太には戻らない。帰らない。帰ってきてはいけないのだ。
演じながら、体調が回復するのを感じる。というか、感じなくなるのを感じる。これで良し!
草野康太はいらない。風間重兵衛、かく語りき。そしてこの風間を演じるもう一人の人物、このキャラクターが、来週以降の新たな課題となってくる。
体調不良も含め、すべてが本番へのリハーサルとなる訳だ。通して稽古する中で、台詞に自信がない箇所も明解に。明日は映画のシナリオを読み込むことと、最後の台詞の復習にあてたい。
12月第一週、ハイペースにて終了。とは言え、本番はまだまだ遠い。。。

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恋唄綴り 

第七章 「俳優の休日」

「俳優さんって、休みの日は何をしてるんですか?」
この手の質問をよくされる。本当に答えに困る質問のひとつで、相手がどんな答えを期待しているのかは解らないが、休みなのだから休んだり遊んだり、仕事に備えているかをしているくらいで、俳優だからこその特別な休み方など、自分が知る限りは特にない。「つまらないかもしれないが普通ですよ」。こんな返答も味がないと思うから、余計にややこしい。
はたして他の俳優さんはどんな休日を過ごしているのだろう?
はたまたどんな洒落た答えを返しているのだろうか?

そもそも(休日)という概念がない。曜日の規則性もない。
長期的な撮影を抱えている場合を除いての休日は、仕事のない俳優にとっては失職の日々で、いてもたってもいられない、まさに休んでいる場合じゃないだろうと落ち着かない。そう、俳優にとっての長い休日はバカンスでもなんでもなくて、不安定で落ち着かない辛苦の日々なのである。

何かしらの仕事を抱えているときの休日は、やはりその為の準備をする休日となる。
台本と予定表を鞄に入れ外出する。映画を観たり、友人と会ったり、街を歩いたり、食事をして、酒を呑んだりしながらも、心はここにあらず。始終台本を開けたり閉じたり悩んだり…。と、こんな休日を過ごしている時が、自分は俳優なんだと自覚することの出来る時間だったりもするので、長く付き合ってきたけれどもつくづく自分は面倒くさい男だなぁと思ってしまう。
そして、この舞台「スタニスラフスキー探偵団」稽古中の休日は、いつもそんな時間に充てられた。
水曜日か日曜日に設けられたこの休日はとても有り難かった。連日の稽古では追いつかない個人的な作業に充てることが出来たからだ。思う存分の思索の時間。自主練の、復習の時間。稽古場で、時間を止めて個人的な課題に取り組むことなど出来はしない。
稽古が始まり、本読みが始まった今、この休日にしなければいけないことは、とにかく台詞を完全に入れること。台詞を叩き込まなければ、はじまりさえ歌えない。
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台詞はとにかく膨大だった。
冒頭の、独り語りだけで17行。映像ではなかなかない。独白というより演説に近い。
一番長いくだりで24行。1ページまるごとなんてのは当たり前。一日や二日で覚えられるような量ではない。かといって時間を掛ければ自然と覚えられる訳でもない。何より演じている時と同じく、集中力が必要になる。
映像の時は、ある程度おおまかに覚えておいて、あとは前日にノートに書いて覚えたり、録音して耳で聴いて覚えたり、とはいえ年々台詞覚えに苦労していることは自覚している。明らかに、脳は退化している。というよりは年を重ねると共に、気持ちとは裏腹な台詞たちが増えてきたということだろうか?
感情を伴っていればすんなりと身体に入ってきたはずの台詞たちが、次第に難解な言葉に感じられるようになり、覚えることが難しくなってきた。言葉の問題というよりは、感情の道筋がより複雑になってきたということだろうか? つまりはそれが大人になるということなのか?

夏から少しずつ覚え始めてきた台詞たちも、本を離しても少しずつ言えるようにもなってきたが、まだまだ足りない。たどたどしい。自信がない。身体の中には収まってない。たとえ高熱になっても、たとえ酔っぱらっていようとも、あるいは口を塞がれても言えなければ、あの舞台には立てない。
ある時、不意に、声を出さないと覚えきれないのでは? そう思った。
文字を追っていても駄目。マスクの下で、軽く唱えても駄目。それでは言葉は腑に落ちない。
何より声に出さなければ! 本番さながらに声を出し、喉で感じ、口角に馴染ませ、そして腹底に落とし込み、そこでようやく初めて台詞が身体の中から放たれる。そんなイメージを持ったのは、稽古開始のひと月前くらいのこと。
そこから集中的に、ブロックごとに録音を重ね、また一人でカラオケBOXなどにも行き、声を発しながら覚えていった。

ある映画の撮影のときに、主演の俳優さんに呼び出され、深夜にリハーサルをしたことがある。長旅を経てのホテル入り。午前0時を過ぎていたのにその俳優さんから電話があり、まさかと思ったが、営業終えたホテルの食堂で深夜のリハーサルが始まった。
「別に今の感じでも構わないかもしれないけど…」主演の俳優さんは軽く笑い、「でもまだ、台詞が腑に落ちていないよね。草野君の身体の中に染み込んでいない。それではただ上手に台詞をいっているだけ。TVドラマならOKかもしれないけれど、それではまだ物足りない。これは俺が企画した映画でもあるんだ。もっともっと俺を刺激してほしい。君の役はそういう役なんだ!」
出番は少ないながらも、重要な役でもあった。もっと年配の人がキャスティングされててもいいようなくらい、その主演の俳優を挑発しなければいけない役だった。難しい。確かに腑に落ちていない台詞だった。言葉だけが上滑りしてしまうような…。
けれど、それでは駄目なのだ。日常生活ではあまり言わない言葉をも腑に落とす。自分の言葉ではなく、その役の言葉として…。
翌日の撮影は幸いにしてOKをもらえた。しかし、それはまぁ大丈夫かな?くらいのOKで、真のOKではなかった。仕上がった映画を観て悔しくて仕方なかった。いつかその俳優さんに再会したら、リベンジしたい。しなければ辞められない。あの日の深夜のリハーサルには、応えることがまだ出来ていない。

台詞を腑に落とす。目でも脳でも口でもなく、下へ下へ、中へ中へ、腹の奥底に。言葉を蓄積する領域は、身体の中心にあるのかもしれないと思ったこの時の体験は、悔しくも忘れがたい。
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声にして、言葉にして、音にして、叫びにして…とにかく腑に落とす。
言葉を自分の身体の中に取り込んで、自在に発しながら、後で気付ける感情もあるだろう。言葉の裏側なんて今は探らない。言葉をボリボリと、ガリガリと齧っては呑み込み、腹底に収めるイメージを持って…。
2014年11月30日(日曜日)、休日のこの日も、僕はカラオケの鉄人に乗り込んだ。
二時間のつもりが三時間弱、壁の向こうから薄く聞こえてくる隣室のミスチルに、軽くドロップキックを喰らわせながら、孤独な絶唱を奏で続ける。これぞ即ち、俳優の休日。

異才映画監督・細野辰興が紡ぎだした言葉群よ、五臓六腑に沁みわたれ!!

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芦花公園の稽古場前で見た景色
恋唄綴り

第六章 「稽古初日」

2014年11月28日(金曜日)
13時から、いよいよ舞台「スタニスラフスキー探偵団」の稽古開始。
今回の稽古場は京王線の芦花公園にあって、小屋入りする年明けまでずっとこの稽古場に通うこととなる。前回公演では日替わりで各地の公民館などで稽古したが落ち着かなかった。自宅から小一時間かかる芦花公園だがひとつの場所を借りれたのだから文句もない。電車に乗ってる間はずっと台詞の入ったボイスメモを聞きながら通えばいい。昼前後の電車は空いていて快適。急がなければいつでも座れる。
細切れに入れた自分の声を最後まで聞くとちょうど一時間弱…。明大前で各駅に乗り換えるときに、ラストの台詞までちょうど辿り着いた。つまり、自分一人だけの台詞量で一時間弱喋ってることになる訳だ!? 勿論、今回のような台詞量は初体験。子役時代に「トムソーヤの冒険」で主役を演ったことがあるが、それでも今回とは比較にならない…。
稽古初日にはすべて台詞を入れておく準備をしておこうと思っていたが、この時点では80%くらい。
まだおぼつかない長台詞が何カ所かと、相手の台詞を聞かないと覚え辛い部分が何カ所か。ただ、今すぐ立てと言われれば、なんとかなるくらいまでは覚えてきていた。

この日、初めて芦花公園の駅に降り立った。
駅前はロータリーの回りにコンビニが一軒、ATMが二軒、ラーメン屋に美容室、となんだか駅前らしからぬ感じの中に大手スーパーのサミットがあった。これからひと月近く通う訳だ。街にも慣れたいと思い昼前には到着したが、見るものも立ち寄るものもなく拍子抜け。朝飯と昼飯を兼ねた食事は地元で済ましてきたが正解だった。
サミットで水(南アルプスの天然水)、そして小腹が空いた時の為にバナナを買う。
何故かしらこの日のこの買い物が、定番となる。そして12時前後に駅に着くのも習慣となる。
そしてまた、地元で食事を済ませるのも…。と、稽古初日にしてこれから過ごす一か月のルーティーンが早くも決まってしまった。

自宅の一階を稽古場として貸し出しているスタジオが今回の稽古場だった。
少し狭いかな? とも思ったが、舞台の設定は喫茶店の会議室。圧迫されるくらいの空間のほうがいいのかもしれない。とにかくこの場に慣れ、この場を愛おしく思えるくらい、稽古に明け暮れればいい。
映像育ちの自分はこの「稽古場」という空間がずっと苦手だった。ちょっとしたトラウマもある。だからこそ、今回の舞台ではその「稽古場嫌い」さえも克服しなければと思っていた。
助監督であり演出助手であり舞台監督であり、尚かつチケットの予約も引き受ける、なんでもござれの有馬君がセッティングしてくれたテーブルと椅子の配置に習い、着席して時を待つ。当然のこと真ん中。この真ん中を定位置に。違和感のないものにしたい。遠慮はいらない。ずっとずっとど真ん中に君臨しなければいけないのだ。傍らには山田キヌヲ。この年、三本目の舞台となる彼女の存在はいろいろな意味で安心させてくれた。
緊張はしなかったが何故か興奮していた。この日の為に備えて来た。この日を待っていた。あの2月26日から…。いや、もしかすると、前回の初演「スタニスラフスキー探偵団」が終わった時からか。
作・演出・細野辰興さんからの挨拶がある。この舞台は同時に、映画「貌斬り」の撮影へと至って行く。そのことをも含めての挨拶。自分が何故、演劇をやろうと思ったのか? 撮影だけでは物足りない。もっと芝居を熟成する時間が欲しい。即ち稽古期間を持ちたい。自分は稽古が好きなのだと。
映画「貌斬り」の為のリハーサル初日が今日だとすれば、ひと月半の時間をかけて映画のクランクインを迎えることにもなる訳だ。なんて贅沢な映画の為のリハーサルだ。存分に稽古を堪能しよう。芝居を熟成させ、醗酵させよう。
キャストの紹介、挨拶があって、すぐに本読みが始まった。当然のこと、最初から最後まで通して読んでみる。
二時間近くの間、詰まろうが噛もうが飛ぼうがノンストップ。がしかし初めての本読みは新鮮だった。男三人で何度か読み合わせもしたが、まるで違った。そこに相手がいた。声が響いた。声が返った。聞いてくれる、感じてくれる対象があった。
一人きり、カラオケBOXにこもって読み込んだ本の世界が、この日、ようやく動き出したと実感する。

僅かな休憩があり、細野さんからの軽い感想あって、再び本読み。読むことで、声にすることで、細野さんだけでなく演者にも発見がある。勿論、自分自身にも。
初日にして、二回の通し。はある程度は覚悟していたが、なかなかに痺れた。事務所の社長が差し入れてくれた栄養ドリンクを今すぐにも飲みたいような気分だった。
二回通して読みながら、自分の課題も明確になってくる。当たり前だが固い。そして重い。もっと自由自在に、軽快に、明朗に、恍惚に、そうなっていく為にもの、これは自分の為の稽古なのだ。
三度目の通しはなく、場当たり的に読み始めたところで中断。
夜19時、「今日はこのへんで…」の細野さんの声で初日終了。夜21時までやりそうな勢いだった。
バナナ1本では足りない…。稽古初日を経て、まず始めに思ったこと。
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11月29日(土曜日)
13時から、この日も通して本読み。一人で読んでると集中も難しいが、こうして皆で読んでると持続出来る。というか、余計なことを考えている余裕もなくなる。
細野さんから「声」に関する注文。「まだ草野康太の声なんだよな」と…。
僕が演じる映画監督、風間重兵衛は、僕ではなく、映画「貌斬り」における、尾形連司が演じているという多重構成の原点に対する意見。それは自分でも自覚するところでもあり、今回のプロジェクトの一番の命題でもあることだった。
とは言え、これは「声」だけに関することでなく、「存在」そのものへの命題でもあることだった。
それは技術で改善出来る類いのものでもなく、かといって精神論で片付けられる類いのものでもなく、この先ずっと、それは簡単にOKが出されるものでもない、軽くクリアで出来るほどの注文ではない、まさに僕自身の命題だ。俳優としての新たな音色を獲得すること。
自分ではない、風間の、そして尾形の「声」を探す旅…。
早くも主題を突きつけられたと、細野さんの言葉に、何故かしら嬉しくもなる。
三度目のお仕事で、ようやく気付いたことでもあるが、映画監督、細野辰興は、俳優を挑発することが大好きな人なのだ!! それをダメ出しと思うか、それを発破と思うかで俳優の演技に違いが出る。
だから小手先の芝居ではなく、これからの稽古の日々で、自分もそこへと至る突破口を探したい。

夕方、配給宣伝の日下部さんが陣中見舞いに。「千成」と書かれた瓢箪型のお菓子を差し入れしてくださる。お客さんが数多く群がって、実がなるように…。その流儀はよく知らなかったが、宣伝用の写真を撮る。舞台の告知も兼ねてTwitterも始めていた。
なにがなんでも、この芝居を成功させたい! 神にも縋る心境でもあった。
やっていいということがあれば、なんでもやってみたい。試すべきことは、とにかくなんでもトライしたい。そんな心境でもあった。

この日は夕方で終了。明日の日曜日は稽古は休み。月曜日にはどう変わっていけるか?
一日一日が、次第に重みを増してくるはず。
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帰り際、横浜の野毛にある行きつけの店へ。
行くと、渡しておいたチラシが軒先の看板に貼ってあった。
頼んでもいないのに…嬉しくなると同時に、芝居をいいものにして報いなければと誓う。
呑みながら、もう自主稽古ではなく、正式に動き出したのだなぁとしみじみ噛み締める。ここまで来たらもう逃げれない。すでにチケットの予約も始まっている。
ひと月後には公演があり、映画の撮影も始まる。12月からは怒濤の日々が始まる。明日はその為に準備をしよう。本当の休日は、映画の撮影が終わってからだ。

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恋唄綴り

第五章 「俳優のノート」

ただっ広いカラオケBOXの一室に、私服の役所広司さんが入って来て、嬉々としながら選曲を始める。どうやら役所さんはカラオケが相当お好きなようだ。そんな役所さんとこんな広いスペースでカラオケ出来るなんて、今日はなんて幸福な一日だろう…。というより、自分は何を歌えばいいんだろう!?
しばらくすると役所さんの携帯電話が鳴り、「よしっわかった! 今から行く!」役所さんは急に怖い顔になり、「山崎努さんが向かいのカラオケBOXに入ったそうだ」ニヤリ笑ってそう言うと、薄いジャケットの中からドスを抜き出し、「さぁ康太、行くぞ!!」役所さんは全身狂気を身にまとい、カラオケBOXの裏手の非常階段をカンカンカンと音をたて駆け下りて行く。その背中を必死で追いかけた所で、どこか遠くからアラーム音が聞こえて来た…。

と、つい最近こんな夢を見た。
この「恋唄綴り」でいずれは役所広司さんのことを書かなければと思っていたこともあるのだろうし、また山崎努さんの書かれた「俳優のノート」にも触れなければいけない。そしてカラオケBOXでの自主稽古のことも…。そんな思いがあってのこの夢には違いないのだが、ドスを持って階段を駆け下りて行く役所広司さんは、まさしく細野辰興監督作品「しのいだれ」もしくは「シャブ極道」の頃の役所さんで、今回の僕のチャレンジは、その当時の役所広司さんの影をいつもいつも追いかけていたような気がする。
細野監督の代表作でもあり、また役所広司さんの代表作でもある「シャブ極道」が撮影された時、役所さんは今現在の僕と同じ39歳であったそうだ。
そのことを細野さんに伝え聞いてからは、いつもそのことを意識していたし、それはプレッシャーにも、またモチベーションにもなった。
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山崎努さんの「俳優のノート」を読んだのは、「スタニスラフスキー探偵団」初演の頃だったか?
一人の俳優が、ひとつの芝居(リア王)、ひとつの役の為に準備、稽古、そして本番までに至る過程を日記形式で綴ったこの本は、文庫の解説で香川照之さんが書かれているように、俳優の「教科書」とも呼べる本で、自分がまたこうして舞台をやると決めた時から、何度となく再読していた。
そして気になった、もしくは気に入った言葉は、戯曲「スタニスラフスキー探偵団」の裏のページに書き込んだりもした。
キンコーズで製本した自己流な台本を見開きにせず、あえて片面印刷にしたのはそういう理由もあった。日記を書くような時間も余裕もないかもしれないが「メモ」くらいは出来るだろうし、することにもなるだろう。だから白紙を、なるべく余白を多くしたかった。
そのぶん厚みが増す懸念もあったが、ページをめくる手が汚れたり汗ばんでいたりして、台本がどんどん薄汚れて、また分厚くなっていく様も、舞台特有というか、嫌いではないのだった。

山崎努さんが「俳優のノート」で綴っている文章を参考にすると「リア王」の稽古開始は12月1日。その稽古が始まる前の準備に取りかかる日記がスタートするのは7月。
ほぼほぼ「スタニスラフスキー探偵団」と同じスケジュールなので、台詞を入れていくタイミング、努力、また役を構築していく経過、思索などは本当に参考になった。
こちらの稽古開始は、11月28日。公演初日は年を挟んでの1月8日。
稽古初日には、ほぼほぼ台詞を入れておこうと決めていた。本読みで始まろうが関係ない、立ち稽古が始まるタイミングには、台詞は入れておかなければいけない。そうでなければ間に合わない。片手に台本持ったまま、稽古出来るような芝居でないことは、初演の稽古を見ていたので知っていた。
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9月9日 
ポスター撮り。久しぶりに山田キヌヲちゃんに会う。彼女が一緒に闘ってくれるということもなんとも心強く、今回の挑戦を決めるにあたっての後押しをしてくれた。金子鈴幸君ら、初対面のメンバーにも会う。助監督役、綾部に決まった森谷勇太は今日が誕生日。細野さん達と焼き鳥を食べながら祝す。彼が夏のワークショップを経て、正式に役を獲得してくれて本当に良かったと思う。初演時のメンバー、円山役の向山さんと三人で、近々自主稽古を行おうと計画する。

9月17日
新宿三丁目のカラオケBOXにて自主稽古。実はその前にも、向山さんには個別レッスンをお願いした。普段はナレーションを主戦場にしている向山さんに、発声や滑舌の基礎を学ばせてもらった。短い時間ではあったものの、「喉を温める」みたいなエクササイズですら、未学習のまま俳優を続けてしまったのだなぁと痛感する。ちょこっとだけボクシングジムに通ったとき、延々とシャドーボクシングを続けたことを思い出す。基礎こそ大事。継続は力なり。
この日は、冒頭の10分ほどの、三人だけが登場する冒頭のシーンを重点的に。このシーンが本当に大切なのだ。このシーンで作品の出来が決まる。いや、作品の方向性が決まる。ともかく大事な冒頭シーン。ゆっくりしてはいられない。冒頭から畳み掛ける。圧倒するイメージで演りたい。その為にも、三人の呼吸、リズムが大切。まずは自分の長台詞だが…。

10月はずっと体調思わしくなく、偏頭痛、肩こり、首痛に悩まされ通院の日々だった。ジムに通って体力強化月間にしようと思っていたのに調子が狂った。そのぶん、台詞を覚えることに専念した。
台詞覚えは、後日改めて書くこととして苦心した。日頃から3行の台詞ですら苦労するのだから当然。「台詞覚えは反復」山崎努さんも言っているが、いろいろな方法を試してみる。映像の時は、台詞をノートに書き写してみたりもするのだが、今回はそんな訳にもいかず、全編を22のブロックに分けてから、ボイスメモに吹き込んで耳で覚えてみたりした。それをまた大きく4ブロックに分けたり…。最後の最後まで試行錯誤。
そして11月、同じメンバーでの二度の自主稽古を経て、更に補習で、森谷勇太と二人っきりの自主稽古を経て、いよいよ、本当の稽古が始まる。
稽古開始一週間前に、ようやく原因不明の、長く続いた首痛がピタッと治まる。頸椎の歪みになんらかしらの奇跡が起きたかのような、自分でも驚くような劇的な回復だった。
痛みが治まったのでジム通いも再開。
稽古を重ねながら、尚かつ体力も回復させなければいけない。もうあまり時間もない。

11月26日
稽古開始二日前。直前に脱稿された最新稿をプリントアウト。それまで付き合ってくれた台本に書き込んだことを新たな本に書き写す。
1ページめ、タイトル裏の白紙には「悪魔のように細心に 天使のように大胆に」———
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映画「貌斬り」は絶賛編集中。「手応え有りっ!」の報告を監督の細野辰興さんから受けています。
この文章は、完成した映画を、全国各地の映画館で観てもらいたい一心で書いてみようと思ったものです。
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編集中の、細野監督、若林大介さんへのエールも込めて、、、