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恋唄綴り

第四章 「流浪の民」

2014年、39歳の誕生日に細野辰興さんからの出演依頼を頂いたその一年は、「スタニスラフスキー探偵団」稽古開始の間までにも意義深い仕事の続く一年となった。
舞台のこと、映画「貌斬り」のことは絶えず心の片隅にはあった。あったけれど、他の撮影の時だけは封印した。片手間で読めるような戯曲ではなかった。本を開いたら忽ちに、2時間の漂流が始まって、還れなくなってしまう。読む時は心して…覚える時は集中して…そう思っていた。

7月。利重剛監督が横浜だけを舞台に短編を綴る「Life works」の一篇「雨の車内で」に出演。
登場人物は二人だけ。雨の降る日本大通りに車を停めた男と女の、エッセイ風な小品である。
撮影は一日のみだったが、前年の秋から始まった「Life woks studio」のメンバーにもなっていたので、月に数回、中華街のリノベーションされたビルの屋上にあるスタジオに通った。
俳優としても活躍されている利重さんを頼って集まった俳優同士で、既存の台本を通して演技をしたり、時にエチュードをしたり、また撮影してみたり。演技経験のない俳優志望の為のワークショップではなく、ちょっと仕事に間が出来てしまった俳優達がいつでも撮影に臨めるようにチューンナップ、鍛錬するような場所にしたいというのが、利重さんの目論みでもあった。
今回出演した「雨の車内で」も相手役を変えたりして何度か演じたことのある題材で、連作短編「Life works」はこのスタジオと連動するような形で生まれ、当然スタジオのメンバーも出演者として名を連ねている。

利重さんに初めて会ったのも10代の終わり。
映画「エレファントソング」の脚本を当時から親交のあった御法川修さんが書いていたのが縁だった。実はこの「エレファントソング」のクレジットに、「協力」のところで僕の名前がクレジットされている。
御法川さんが脚本を書くにあたって、当時としては珍しく僕がワープロを所有していた為に、彼の紡いだ文章をワープロで打っただけにすぎないのに、あえて協力者として名前を載せてくれたのだ。映画を観たとき、出演は叶わなかったが素直に嬉しかった。そして、いつかは出演者として…。その願いは20年近く経ってようやく実現したことになる。

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俳優としての表記以外に、僕は映画のクレジットにこれまで3回登場している。
1本目がその「エレファントソング」、そして橋口亮輔監督の「サンライズ・サンセット」にも。これは衣裳協力として。そしてまた細野辰興監督作品「私の叔父さん」。これは劇中に登場する写真を提供した関係で。
どれもこれも、俳優としてではなくただ一人の人間として、少しは映画創りに貢献できたのかな?と、出演した時とは異なる独特な満足感がある。
映画「貌斬り」もまた、クラウドファウンディングに賛同してもらえたら映画のクレジットに表記されるという特典がある。まだ見ぬ映画に対しての支援。それだけで充分すぎるくらい映画に貢献していただいてるのだから当然のこととも言えるが、映画のクレジットタイトルに名前が載ることの感動は、体験してみないとわからない類いのもだと思う。
舞台を観て感動した。完成した映画を是非、映画館で観てみたい。また草野康太の主演作を全国に届けたい等々…。動機はなんでも構わないのです。この場を借りまして、良かったらご検討ください。
映画「貌斬り」のクラウドファウンディングはこちらから→ (Click!) 
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連作短編「Life woks」はすでに8本ほどの撮影を終え、年明けからは横浜のジャック&ベティ、また新装リニューアルされたばかりのシネマリンでの上映が始まっている。撮影は一話につき一日、もしくは二日なので、利重組由縁の蒼々たるスタッフが集まり贅沢な一日となる。
利重監督の人柄もあるだろうが、「一日くらいなら都合つけて応援行きましょう!」という感覚で映画愛に溢れたスタッフ達が、撮影そのものを楽しんでいる。俳優だけでなく、スタッフもまた自由で刺激的な創造の場を求めているに違いないのだ。
プロデューサーは「ヨコハマメリー」の中村高寛さん。ヨコハマ繋がりで出会った方々とようやくお仕事出来たことも嬉しかった。僕の出演作「雨の車内で」は恐らく4月から、これまた無料上映という形でお届けするのも新たな試みで、正直、無料では勿体ないくらいのクオリティーなのだが、それを上映する映画館も、地元で作られる映画に協力的なのだった。
出演は済んでしまったが、地元ヨコハマの体験的映画作りにこれからもなんらかの形で関わり続けていけたらと思う。
映画「Life works」のホームページはこちらから→  (Click!) 
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8月に入ると矢崎仁司監督作品「× × ×(キス キス キス)」の撮影が始まった。とは言え、これもようやく撮影にこぎつけたといった感じで、矢崎さんとはその前年から「こんな感じのを一緒にやりましょう」と言われていたものが、春予定の撮影が延期になり、台本はいつになっても読めずじまいで、とにかくドタバタ続きの撮影になりそうな予感だけはしていた。
この作品も短編集。僕はその中の一篇「いつかの果て果て」という作品に出演することとなったのだが…。予感は的中を越え、予想を遥かに上回る大変な撮影になってしまった。
山梨入りしたその日の撮影が、いろいろ問題あって1シーンも撮れず、翌日からは台風が接近してまた撮れそうもない。夜を待ちながら、また雨音を聞きながら、粛々とクランクインの瞬間を待った。
全編夜の撮影ということで、昼にはたっぷりリハーサルも出来たし、衣装合わせは連日行われた。「画が見えてこない…」映像派の矢崎さんには、矢崎さんにしか見えてこない画(映像)がある。だから何度も着替え、着替えては裸になり、その度、自分が演じる役について考えさせられた。
台風が通り過ぎていった夜、スタッフルームも兼ねていた矢崎さんの実家の離れで、矢崎さんが観てきたであろう映画のパッケージを見ながら酒を呑んでいた。壁中びっしりと、映画のタイトルが並んでいた。まるで映画史のような部屋で過ごし、とてつもなく映画的な時間を過ごしていることだけは実感出来るのだが、まだなんにもしていない自分はこのままでいいのだろうか? 果たして役を掴めているのだろうか? 果たして本当に撮影は行われるのか? 悶々としながら、大型台風が日本海に通り過ぎて行くのを待っていた。
翌朝は快晴だったが、撮影を予定していた河原が氾濫していたので、映画はロケハンからやり直さなければいけないとのことで中止が決まった。
つまり、1シーンも撮ってはいなかったのだ!?

仕切り直しは9月になって、これを逃すと季節的にももう撮れないという危機感をみんなが感じつつ、夜を徹しての4日間があっという間に過ぎた。
昼はただただ死んだように眠り、夕方から次の日の朝まで、スタッフ、キャスト、皆がまるで夜行性のフクロウのようになって、南アルプスの麓で映画の為だけに生きた4日間だった。
朝と昼と夕を兼ねたスタッフ手作りの食事を卓を囲んでたいらげては、夜中は小さなおにぎりとサンドイッチを食い繫いで日の出の時刻まで闘った。おにぎりという食物が、こんなに美味しいと思ったことはない。「今日は豪勢にカップラーメンを夜食にしよう」と、最終日は大量のカップラーメンが現場にあったのにも関わらず、それも食べることさえ忘れ、まさしく夜明けと共にクランクアップ。
夜は長い、いやいや、夜は短い。女と男と少女が過ごすひと夏の夜「いつかの果て果て」。現場を経て、なるほど良いタイトルだと気に入っている。

結局何分の作品になるかは解らないが、とにかく濃密すぎる4日間だった。
「これに懲りずに、またやりましょう!」と矢崎さんが言ってくれていたが、この矢崎仁司さんこそ、僕が17歳の時に今はなき新宿のシアタートップスという芝居小屋で「三月のライオン」という映画を何度も何度も観て、「こんな映画の登場人物に成りたい!」と思わせた張本人なのであった。
縁あって、これまでも何度かお世話にはなっているが、今回が初めてのメインキャスト。矢崎さんには照れくさくて言えないが、心はいつでも趙方豪!の心持ちで演じさせてもらっていた。これまた20年以上の時を経て、ようやく矢崎映画の住人になれたような気がする。
そしてまた今年は本当にそういう巡り合わせの一年なのかもしれない。
映画「貌斬り」同様、自主的なプロジェクトなので完成もまだしていないのだけれど、今年の秋の公開が内定しているようで、これは東京のみのお披露目になってしまうかもしれないのだけど、言うまでもなく積年の想いの詰まった短編になっているはずで、僕もまた完成の日が待ち遠しい。
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11月には窪田将治監督「D坂の殺人事件」で、再び明智小五郎を演らせてもらい、そしていよいよ、細野辰興監督との仕事が待っていた。
利重組、矢崎組、窪田組、そして細野組へと…。
ホップ、ステップ、ジャンプ!!ではないが、30代の締めくくりに至るこの一年の流れは決して悪くはなかったと思う。
正直、今の僕が関わる映画に、制作環境が整った映画なんて一本もない。大作と呼ばれるものも、あらかじめ全国公開が予定されているものもない。
豪華客船ではない、スタッフ、キャスト交えても10数人で乗り込んだ小さな船。
しかし、舵を取る人は「自分にしか創れない映画を創ろう!」そう旗を掲げ航海を続けていた。
誰かが書いた小説でもなく、漫画でもなく、誰かに頼まれた企画でもない、自分が観たい、自分が撮りたい、残したい、伝えたい物語がある。まだまだある。映画には、まだ映画でしか表現出来ないものがあるはず。きっとある。きっとあって、観客もそれを求めている。
たとえ難破船のような船となってしまっても何も諦めることはない、自ら漕いでいる実感だけはある。だから両の手足をばたつかせ、のたうち回り、風を読み、雨を除け、月明かりを頼りに、波止場を探す。そしていつだって一人ではない。映画は一人では作れない、作られない。
誰の為でもなく、自分もまた自分の意志で、この旅を続けたいのだろう。自分もまたこの小さな船と共に未開の地へと辿り着きたいのだ。古くさいとも、奇特な俳優と言われることもあるが、そんな現場を流浪する日々は過酷であれど、振り返ればいつだって楽しい。
スタッフだって本当に大変だ。自分だけでなく、それぞれの映画に関わるみんなが流浪の民のようにも思えてくる。映画に魅せられた、愛すれど哀しき流浪の民たち。
流浪の民たちの安息地はない。あるとすればあの劇場の、真っ暗闇の向こうにあるスクリーンという名の波止場だ。その波止場ですら定住することは許されない。映画館がまたひとつ、またふたつと消えていく現在では、その場はまるで桃源郷の領域だ。けれど行くんだ、進むんだ、舵を取るんだ!!

さぁいよいよ、細野丸が着岸する。さぁいよいよ、稽古が迫ってきている。
稽古が始まるその前に、稽古の為の準備に入らなければ———

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この文章は、完成した映画を、映画館で観てもらいたい一心で書いてみようと思ったものです。
映画「貌斬り」はモーションギャラリーサイトにて、劇場公開を支援していただける方を募っています。良かったらサイトの方もご覧になっていただければ幸いです。
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