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恋唄綴り

第十四章 「オープニング・ナイト」

小屋入りは初日前日の1月7日。翌日の8日にはゲネプロと初日が控えている。劇場で稽古出来るのは小屋入りしたこの一日のみ、のはずだったが、稽古など出来るほどの時間的余裕もなかった。
朝から舞台美術・照井さんによるステージの建て込み。照明・伊藤さんによるライティング。また装飾・金勝さんによる楽屋の飾り込み。演助チームやボランティアのスタッフは、チラシやパンフを折り込んだりと、稽古というより諸準備に追われる一日となった。
それでも、少しでも多くの時間、本番同様の舞台上に慣れておきたくて、楽屋を出てはステージに上がらせてもらう。舞台から見える景色は一面の暗闇で、稽古中はずっとずっとこの眺めを待ちわびていた。劇場の暗闇は胎内のように落ち着く。どこかしらに小さな灯りが見え、それが海の漁り火のように見え、集中力が増す(ような気がする)。困ったら、あの灯りを探せばいい、という風に。奥行きの深くない正方形に近いスタジオのサイズも心地よい。一番後ろの席の観客にも、芝居の熱を伝えられそうな大きさ。
仕事の邪魔かな?とも思うがお構いない。出来るだけ可能な限り、この板の上に馴染んでおきたかったので舞台上をウロウロする。とにかく猶予は一日しかないのだから。
舞台上に、稽古場でも使っていた加湿器が置かれていたのは、金勝さんのアイデアだった。喉が痛くない日はほとんどない。誘導灯のような役割も果たす加湿器が二台、本番でも使用するという。金勝さんなりの労りのプレゼントなのかもしれないが、その加湿器の前に居座ると安心することも出来て有り難い。

この日は、高円寺への転居日でもあった。もう家には帰れない。千秋楽を迎えるまでは、この街に寝起きし、まさしく芝居漬けの日々を送ろうと覚悟を決めた。宿代は持ち出しになるが、終演後、満員電車に揺られながら帰宅する余力があるとは思えなかった。同じく、朝の通勤も。逡巡したが年明けに宿を予約しておいた。この芝居を成功させる為には、多少の出費は最早なんてことはない。
その駅前のビジネスホテルに、午後チェックインし、歩いて5分ほどの明石スタジオに戻る。衣裳のまま移動しても問題ない。やはり宿を取って正解だったと思いながら。
夕方から、ようやく「場当たり」と呼ばれる照明との擦り合わせを兼ねた抜き稽古が始まった。
舞台経験の乏しい自分は「場当たり」であることも忘れ、本番さながらに声を出し、動きわめき、気付くと普段と変わらない通し稽古のようになってしまい、周囲には迷惑かけたかもしれない。がしかし、サラッと流して芝居出来るような代物でもない。ライティングも大事だが、小屋で演じる初めての夜なのだ。あっという間に過ぎていく時間がもどかしい。
夜9時終了。小屋との契約上、長居することも出来ないので、この日は解散。駅前の中華屋で山田、森谷、森川の計4名でビールで喉を潤し、気付けに紹興酒を一杯、呑ませてもらい即解散。自分だけでなく、皆もそうとう疲れていて、また不安でもあるだろう。一番不安を抱えているのは紛れもない自分。とにかく…本番は明日なのだ。まだ場当たりも最後まで通っていない。不安だらけの前日。それでも初日はやってくる。後もう数時間と呼べるうちに…。部屋にも加湿器を用意してもらい就寝。
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1月8日(木) 初日

大好きなジョン・カサヴェテス監督作品「オープニング・ナイト」では、主演のジーナ・ローランズは舞台本番前日に失踪する。「本番までには戻ってくるから」と言い残し…。ひりひりと痛い、苦しい映画だった。その苦しみを越えたところで物語は着地する。エンディングは忘れたが、カーテンコールを浴びたような爽快感があった。果たして今日はそんな一日になれるだろうか? どんな思いでこの宿に戻ってくるのだろう? 全八回の公演ではあるが先々のことなど考えられない。今日この一日を生ききる。今日を最高の一日に「ハレの日」にしたい!! カーテンを開けると快晴だった。
朝食後、出勤するサラリーマンと共に、明石スタジオへ。朝9時入り。
まず着替え。メイクはしない、必要なし。汗まみれになればよい。ウォーミングアップ後、場当たり開始。芦花公園から一転、視界には絶えず暗闇があり、光が導き、音が巡る。その感覚は待ちわびていたもので、それだけで力をもらえた。しかし、そこに観客が加わるのだ。数時間後、まだ一度もこの芝居を見たことのない観客が目の前に立ちはだかる。そんなことも意識しながらの場当たり稽古。
終了後、小休憩。午後二時にはゲネプロ開始。食事…これが困った。ゆっくり食べている時間はない。食欲もそんなにない。けれど食べないと持たない…。頼るべきはやはりバナナ。そしてゼリー。それで持つかはゲネプロで試せばよい。
30分前から諸準備に入り、これも本番同様に楽屋待機。そして、いよいよのゲネプロが開始された。本番の為のリハーサルと呼べばいいのか? それでもこの回しか観ない観客もいるわけだから、ゲネとはいえ手は抜けない。無論、手を抜くような余裕もないが…。
小屋入りしてからの初めての通しにもなる。二日振りの通しということもあったし、何から何まで稽古とは勝手が違い面喰らう。何より調子を狂わせたのが、朧げに見える観客の姿。関係者、評論家、そんなに多くはなかったが、ほとんどが無反応に近く、また皆が腕組みし、冷ややかに芝居を見ているような印象を舞台上で感じ受けてしまい、次第に固く、重くなってきてしまった。その重い空気に呑まれないようにと、どうにかしようと躍起になっては空回り。そんな状況を自分でも感じられるくらいに、無駄に緊張感だけが高まる、それまでの手応えも擦り抜ける、最悪なゲネプロになってしまった。
なので終了後はどっと疲れる。とても流れの悪い芝居だった。要因は自分にあるのは明らかだった。大問題はなく、どうにか最後まで通ったが、そんなことで満足なんてしていられない。数時間後の初日幕開け、今と同じようなことをしていては駄目なのだ。お堅い芝居じゃない、エンターティメント、笑毒劇、なのだ。
演出・細野さんからも同様のことを言われたが、自分自身が一番わかってもいた。さて、どうしたものか? ジタバタしても始まらない。失踪するにも時間がない。約2時間後、この日を目指し、この日の為に頑張ってきた初日がいよいよ幕を開ける———
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ゲネプロ終えて、少しだけ散歩。気分転換を兼ねて、近くはない少し遠いコンビにまで。食べれるかどうかもわからないバナナを一本追加で買う。そして麻薬と化した栄養ドリンク。
夕暮れて来た高円寺の街並を少しだけ歩く。小一時間後には、この劇場を目指して多くの人がやって来るんだな? まるで他人事のように思う。
劇場前の喫煙スペースで煙草を吸っていると、買い出し終えた録音の若林さんに出くわす。何やら物言いたげな若林さんだったが、笑顔で立ち去る。ゲネの緊張振りは若林さんにも伝わったことだろう。けれど特に何も言わず立ち去って行く若林さんに、小さく感謝し、勇気が湧く。
楽屋に戻ると、東映京都撮影所の西嶋さんより、撮入祝いの酒が。初日であると同時に、今日は映画「貌斬り KAOKIRI」のクランクインでもあるわけだ。西嶋さんありがとう。そんなことも忘れるくらい、どうしようもなく押しつぶされそうになっていた。これまた勇気をもらう。
バナナを一本、無理矢理腹に流し込む。。バナナ一本も食べきれないほどの緊張感など初めてのことだった。本当に喉を通らずにむせそうになる。最後は水で流し込む。
開演一時間前に舞台上へ集合。細野さんを囲み、全スタッフ、全キャストが集まる。
「緊張するんじゃなくて、集中するように!」手短に、簡潔に、明朗に、細野さんが話し始める。目が合うと、なんだか泣けてきそうなので、目を合わさず声だけを聞いていた。「後はもう役者のもの」言わなくても解るくらい、役者に、何より自分に、賭けてくれていることも伝わってくる。
景気付けの手拍子をみんなでし、解散。しばらく舞台上に残っていた。初日にして満員御礼。100席近くに増えた座席がびっしりと、劇場内を埋め尽くしている。観客の一人一人を敵のように思うのではなく、最高の友人、最高の味方のように思って、いや思わせて、二時間の長旅をまっとうしたい。いや、誰の為にという訳ではなく、自分の為に全うするべきだ。後はもう悔いなく燃焼することしか考えられない。
長く辛い稽古の日々、いつもこの劇場を待ち焦がれていたのではなかったか? この暗闇、静けさ、一筋の光…。そして観客のまなざし。誰より待ち焦がれてはいなかったか?
もう、稽古場には戻らなくてもよい。あと8回だけしか演じられない芝居。全公演、千秋楽の気持ちで、まずは今日、まずはこの日の一回を、今までで最高の芝居にするんだ。そう言い聞かす。
この舞台上は、感情を自由に披露し、汗だくになるまで動き続け、狂喜乱舞し、血まみれになることすら許される聖域だ。その聖域で、過呼吸になるくらい緊張するなんて勿体ない。集中し、研ぎすませ、飛躍せよ! 今こそ、今日こそ、今夜こそ、だ! 今日を越えなければ明日もない。奮い立たす!

30分前に客入れが開始され、舞台上にはもういれなくなり、楽屋に戻り、鏡前にいた。隣には山田キヌヲ。その存在が、いつも安心させてくれた。けれど、甘えてばかりもいられない。彼女がアイロンをかけてくれた小道具のハンカチをポケットに仕舞い、意を決して舞台袖に行くと、助監督役の森谷が袖で懸命に台詞を唱えていた。自分より緊張し生真面目になっている男を見て、何故かホッとし、「いよいよだな」って握手をする。気遣いの男、森谷は僕に舞台袖のスペースを空けてくれ、しばらくそこに座り、会場のざわめきを聞きながら深呼吸する。
黒子役の道川さん、日里も袖で出番を待っている。5分の開演押しが決まったが、特に何も思わなかった。初日、なのだ。何事もスムーズに行くはずがない。何が起きても大丈夫。2時間突っ走れば、まだ見たことのないゴールが待っている。
水を口に含む。目を瞑り、息を大きく吸い、深く大きく息を吐く。首を回す。肩を回す。そしてまた、水を含む。水以上に生命力を与えてくれる飲み物は他にないかもしれない。何度も何度も、唾と等しいくらい微量に、ペットボトルに口をつける。
もう間もなく幕が開く。失踪はせずに迎えた「オープニング・ナイト」。8回の長回しの第一回目。そう、これは舞台であると同時に、映画「貌斬り」の撮影でもある。舞台上には、カメラがあって、そのカメラが始終俳優を追いかけ回す。何もかもが記録される。公演であり撮影でもある。
戯曲の最初の1ページ。この冒頭がうまく行けば、今夜は絶対大丈夫! だからその一行を、一文を、一小節に集中しよう。後は湯水のように、台詞が溢れ出してくれるはず。稽古の日々を信じるのだ。
「解っております…。解っております…。解っております…」出だしの最初の一言だけを反芻する。たったその一言の音色が、命運を握るような気がして。
会場入口の扉が閉じられる気配が一瞬あって、いよいよだなと覚悟した。それまで流れていた音楽がフェードアウトして、舞台「スタニスラフスキー探偵団」のテーマソングが流れ出す。この音楽がとても好きだった。荒野へ挑むような旋律。さぁ舞台へ向かうぞ!
「よーい、スタート!」心の声で、カチンコを鳴らす。最後の大きな深呼吸をして、舞台へ向けて歩み出す。汗ばんではいるが震えてはいない。一歩一歩、舞台上の定位置へ。
椅子に座って場内を見回すと200の瞳があった。自分だけでなく誰もが初日の緊張感に包まれていた。やがて黒子がやってきて、カメラを担いだ。道川さんはカメラを僕に向け、向けられたカメラの前で、レンズに向け挑発のポーズをとる。カチンコは鳴らないが、映画「貌斬り KAOKIRI」の舞台「スタニスラフスキー探偵団」のファーストテイク、初演がいよいよ始まった。
カメラと決別し、観客席と対峙する。静寂。圧倒的な暗闇がそこにあった。そして第一声ーーー

その後は無我夢中。言葉にするとチープになりそうなので控えることとして、これ以上のことは記憶も乏しく、とても書けそうにない。写真は故にほとんどない。残念ながら…。
ただひとつ言えることは、お客さんのエネルギーによって、稽古では至れなかった世界に、芝居も僕も連れて行ってもらえたということ。劇場には、やはり劇場にしかない聖域があり、そこは本当に自由で、甘美で、「ハレの日」と呼ぶにふさわしい何かが潜んでいることを初めて教えてもらった。
初日の、声援にも似た思いがけない笑い。とにかく勇気をもらった。
二日目の翻弄、初めての昼と夜の葛藤、憔悴。手応えを得れば新たな課題が顔を出す。
三日目の本末転倒、自信と過信を思い知る。夜の回の前に、カラオケの鉄人さながらに再び本を読んで臨む。30分の補習。
四日目の復活。原点に立ち返る日。千秋楽前に、新たな感情に出会い、物語の奥深さを知る。
そしてそして千秋楽の大団円。終演後の拍手喝采は、生涯忘れることはないだろう。舞台って、生ものなんだなぁってことを、今回ほど思い知ったことはない。
そんな瞬間も、あんな瞬間も映画の中に、映画「貌斬り KAOKIRI」にすべて刻まれていることだろう。
だからこの「恋唄綴り」もひとまずはこれで終了。長々お付き合いくださり、ありがとうございました。

舞台「スタニスラフスキー探偵団」を経ての、映画「貌斬り」は絶賛編集中です。完成遅れてる報告もありますが、それもまた当然。滅多に観られない映画へと至る過程でのことです。
この文章は、その完成した映画を、全国各地の映画館で観てもらいたい一心で書いてみようと思ったものです。
映画「貌斬り」はモーションギャラリーサイトにて、劇場公開を支援していただける方を募っています。良かったらサイトの方もご覧になっていただければ幸いです。募集締め切りはもう間もなく終了となります。
 (Click!) 
情報拡散、シェアも大歓迎です! 引き続きよろしくお願いします!

そして、これまで賛同してくださった皆様、本当にありがとうございました。
完成後のこと、また「恋唄綴り」の続編として、報告を兼ねては書いていけたらとも思います。
そして東京だけではなく、ひとつでも多くの劇場で上映されるよう努力することが、賛同してくださった皆様への恩返しになるのだと思います。
その際は出来るだけ、自分も劇場へ馳せ参じたいと思っています。






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この場を借りまして、全スタッフ、全キャストの皆さん、本当にお疲れ様でした。
映画を、映画館の暗闇で。DVDやスマホで見るような映画ではないことは間違いないのですから。その為に出来ることの何かを探していきます。興行面ではまったくもって非力な主演俳優の映画ですから、どうか今後ともお力をお貸しください。1人でも多くの人に、映画が届いてくれますように…。これからもどうぞよろしくお願いします。

最後の最後に細野辰興さん、今の僕を主演に捉えて映画を作るということが、本当に不届きな企画なのだと思います。その思いに応えたい一心で、約二ヶ月の日々を闘うことが出来ました。かけがえのない30代最後の挑戦の日々を、本当にありがとうございました。
映画「貌斬り KAOKIRI」は紛れもなく、今の草野康太の代表作となることでしょう。完成を楽しみにしています。

Comments

kanaloa… | 04.22.2015 22:45
舞台 こんなに様々な 想いで お稽古に取り組まれていたんですねッ…楽しくて 素敵な時間を 過ごさせ頂きましたッ♪♪♪ これからも影ながら 応援していますッ…皆さんの 想いが 1人でも 多くの方達に 届きますように…
ともこ | 04.24.2015 17:03
もーーあたしまで喉がつまるほどの緊張感!!スクリーンにバナナが浮かんでこないように観なきゃね!どこで上映するにしても、見に行きます!!だって大好きな役者さんのエンドロールに、、、ムフフ。またの続編まっちょるけんね〜!

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