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初めて日本海を見たのは18歳の時だった。
高校を卒業し、あてどない旅をしようと決め、
まずは長崎に向かい、そこから博多、そして山口県へ入り、
そのあと初めての日本海と遭遇した。

日本海は雪混じりの大波で、海面は暗く濃い緑色だった。
華やかな印象の太平洋とはまるで違う、寡黙な海が広がっていて、
急に一人旅が淋しくなり、心細くなってしまった。

その日はずっと、海岸線を走る鈍行列車に乗って、
窓外の日本海を眺めながら、北へ北へと向かっていった。

途中下車の記憶はないのだが、帰宅する学生の姿が消えた夜7時ころか、
夜の駅のホームの人気のなさが不気味にすら思えた頃、
泊まる宿さえ押さえてないことが不安になって、終点ではない乗り継ぎ駅で降りた。
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結局、その夜は鳥取に泊まった。
駅前のビジネスホテルに宿を取り、朝を待った。

朝が来たら、砂丘に行こう!
ただそれだけを決めて、眠った。いや、ぜんぜん眠れなかった。
眠れず夜の街を徘徊して、誰にも会わず、誰とも言葉を交わさず、朝を待った。

朝すら待てず、始発のバスに乗って向かった鳥取砂丘には、
やはり誰もいなかった。ただ無数の砂粒が敷き詰められていて、壮大で、圧巻で、面食らった。

当時の写真を、確か僕は今も持っている。ただ、そこに18歳の僕は映っていない。
映ってはいないけれど、海や砂を映していた記憶だけは、今も変わらず残っていて蘇る。
あのとき感じた「孤独」みたいなものを、今でもときどき感じることもある。

それは別に淋しいとか、悲しいとかいう感情ではなくて、
たとえるならば、あの台風一過の雲のような、鈍色の海のような、数えきれない砂粒のような、
あまりに自然で、どうしようもない、たぶんそんな類いのものなのではないだろうか?