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「恋唄綴り」

序章 「恋唄を聴きながら」

戯曲「スタニスラフスキー探偵団」よりー「貌斬り KAOKIRI」
の舞台8公演、並びに映画部分の撮影を終え、一週間が過ぎた。
年を挟んでの約2ヶ月、28日間の稽古期間、そして本番、撮影を加えた54日間、ずっとずっとこの作品のことだけを考えてきた。
大袈裟でなく、夢の中でも芝居をしていたこともある。休みの日も、一人でじっくり稽古出来る、一人で役について考えることが出来る、身体は休むが思考は舞台モード、そんな日々だった。

そんな訳で、ここんところは毎晩、思う存分、酒を呑ませていただいている。明日、台詞が吹っ飛んでも構わないのだ。声が酒に焼かれていても問題ない。こんなに気楽なことはないではないか!?
差し入れで頂いた日本酒やら焼酎を、有り難くもちびりちびりと飲りながら、疲労し、格闘し、興奮した時間を消毒するように呑んでいる。時に、舞台のテーマソングとなった「恋唄」なんぞを聴きながら…。
しかし何故かこれがいっこうに酔わない、むしろ頭が冴えてきて、いろんなことを思い出す。そして眠れなくなる。眠れていないのにすこぶる元気、ジム通いを再開する有様。
明日は今後の仕事の打ち合わせ、2月頭には新しい仕事も控えている(脚本が遅れてるみたいだが…)。だから、気持ちはしっかり切り替わることが出来るはずだ。
だけど不意にこの一年のことを、この映画、舞台のことを、何かしらの形にして残しておきたい。そんな気持ちが芽生えたので、すっかりお蔵入りになってしまった撮りためた写真と共に、マイペースに綴りたいと思うようになった。

映画「貌斬り」は既に編集に入ったという。ここから先は監督のもの。舞台が始まれば演出家は芝居に介入することが出来ない。それと同じで、映画の編集に入れば出演者は介入出来ない。
上手な演技をしようと思って、舞台に立った日は一日もない。そうではない、もっと別な試みを持って、もっと別な企みを秘めて8回に及ぶ公演に臨んだ。そしてその全てが映像に刻まれているはず。なので勿論、修正は出来ない。撮り直しも出来ない。下手をした場面はそのままに、あるがまま、ありのままが映っているはず。滅多に観れないものが、そこには確実に映されているはず。なので完成された映画を、何より僕自身が一番楽しみにしている。

そして願わくば、その完成された映画を、劇場では観ることが叶わなかった人に、そして舞台を観てくれ、更に映画を観たいと思っている人に、とにかく一人でも多くの人に観てもらえたらと思っている。その時はまたあの暗闇の中、映画館のスクリーンでだ。DVDになる確証もない。いや、あの暗闇の中にでこそ観てもらいたい! 是非に!!
クラウドファンディングで出資を募っているのもその思いから。
映画監督が、創りたい映画をオリジナルで創ることが本当に難しい時代になってしまった。そしてそんな映画に関わりたいと思う俳優の自分にとっても、映画との関わりがとても難しくなってきてしまった。それでも初志は変わらない。映画監督のオリジナル作品に、僕は一本でも多く参加したい。
映画に魅せられた十代の頃、その頃に魅せられた監督たちと今、仕事をしている。共に映画を創っている。その実感が誇りであり、これからへの原動力ともなってくれている。特に昨年はそういう一年でもあったと思う。

この「貌斬り」は、細野辰興という映画監督が、「これを撮りたい」「これを創りたい」と切望し、そしてまた僕自身が「それを演りたい」「それを演り遂げたい」と奮い立ったところからスタートした映画でもあります。
モーションギャラリーサイトで、細野さんが「不届きな企画」と語っているけれど、草野康太が主演すること自体も、不届きな企画、試みなんです。だからそれに応えたい、成功させたいという思いだけの日々でもありました。
その挑戦に終わりはなく、まさにこれからが始まり、映画の完成と、映画がどのようにお披露目され、お届けされていくのか? それを見届けるのも、主演を課せられた自分の義務、命題!だとも思ってます。
だから余計に、何かを語りたくなるのかもしれないけれど、映画監督、風間重兵衛役を経た今はタブーを語ってもダメージもへったくれもないような気もしています。

そもそもの始まりは、昨年2014年の2月のこと、、、
序章があまりに長くなってしまたので続きはまた後日(いつになるか解らないが、クラウドファンディング終了までには完結させる予定です)。よかったら、下記のクリックとあるこのサイトと共に、今後ともお付き合いください。。。
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恋唄綴り 

第一章 「39歳の誕生日」

2014年2月、二度の大雪が降ったその月に映画監督・細野辰興さんから連絡があり、しばらくぶりに横浜で会うこととなった。
細野さんとは、2010年の「スタニスラフスキー探偵団」初演時に初めてお会いした。
僕の所属する事務所の社長に紹介され、年齢的には全く無理のある往年の大スター、馳一夫を老け役で演ることになったのだが、稽古期間が約二ヶ月…楽しくも大変な日々だった。
翌年、映画「私の叔父さん」にもオファーをくださり、高橋克典さんの旧友役として出演しつつ、僕の撮った写真を劇中で使ってもくださった。
以来、ちょくちょく横浜でデート(!?)させてもらっている。
本当に、映画のことを愛している人で、過去の現場の話や、観てきた映画の話をすると際限がない。パワフルで、エネルギッシュで、実は僕の父とそう年齢は変わりはないのだが、一緒に呑んでいるとこちらまで高揚してしまう。

「話がある」ということだったが、「何か食べよう」ということでもあったので、僕の行きつけの炭火焼肉のお店のカウンターに入った。
近況報告のあと、まさかまさかとは思ったが、あの「スタニスラフスキー探偵団」の再演の話と、またその上演中を映画として記録すること、更にバックステージを映画にするという企画を聞かされた。もちろん制作会社がある訳でもなく、多くのスポンサーがいる訳でもない。前回同様、自主的な公演であり、また自主的な映画でもある。
呑気に「細野さんいよいよ勝負に出るなぁ」と話を聞きながら、美味しくホルモンをつまんでいたら、
「で、その舞台の風間役を、そして映画の主演をやってみないか?」と言われた。
走馬灯のように、初演時の風間役のことが頭をよぎる。情熱的な映画監督役、饒舌な、圧倒的な台詞量。ほとんど舞台から消えることのない正真正銘の主役。ご存知のように、舞台経験はほとんどない自分。
やれるか? やっていいのか? やらなくていいのか? やりたいのか? やるか? やらずに死ねるか? 束の間だけど、実際そこまで考えた。考えたが、「やります。お願いします。」そう言ってた。
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俳優としての自分を見失っている時期でもあった。40代を前にしてこれからどこへ進めばよいのか?暗中模索…。手応えのない時期でもあった。そういう時期は過去にも何度かあって、あえて一年近く仕事をしなかったこともある。なんとなくの思いで、惰性で続けていけるほど俳優の世界は甘くない。

熱く、そして重く、これから撮ろうとする映画のことを語る細野さんの横で、いろいろなことを考えていた。これまでのこと。これからのこと。現状に満足などは出来ていなかった。それだけに、他の仕事が出来なくても構わない。この作品に一年を捧げるつもりで挑戦してみよう。
まぎれもなく、30代最後の大舞台となる。40歳を前に大きな変化、刺激を欲する自分にとっては願ってもいない機会となるはずだ。大袈裟に聞こえるかもしれないが、これは単なる仕事ではなく、やらねばならない修羅場だ。
「この役を引き受けるのに、今までの僕はいらないですね。」
そう言うと、細野さんは嬉しそうに微笑んだ。

細野さんは知らなかったようだが、その日は2月26日。僕の39歳の誕生日だった。
出演依頼は、異才映画監督、細野辰興らしいサプライズなプレゼントで、また俳優・草野康太への果たし状、挑戦状でもあると思った。
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ほろ酔いで帰宅する細野さんを関内の駅で見送り、細野さんと行ったこともあるBARに寄り、少し気持ちを落ち着かせてから家に帰り、初演の台本を引っ張りだした。
それは稽古の終盤に、細かな修正を加えてから書き直された最終稿で、だから全く汚れてないものだった。まるで再演を予感してたようなまっさらな台本を前にすると不思議な因縁すら感じてしまった。
冒頭の長台詞を声に出して読んでみる。それだけで一苦労…。
初演の風間役のイメージを捨て、自分なりの、新たな風間像を構築しなければならない。いや、草野康太さえ捨て去るのだ。時間はまだまだたっぷりとある。

2月26日、僕の誕生日は気付くとすっかり終わっていた。。。(つづく)

この文章は、完成した映画を、映画館で観てもらいたい一心で書いてみようと思ったものです。
映画「貌斬り」はモーションギャラリーサイトにて、劇場公開を支援していただける方を募っています。良かったらサイトの方もご覧になっていただければ幸いです。
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