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芦花公園の稽古場前で見た景色
恋唄綴り

第六章 「稽古初日」

2014年11月28日(金曜日)
13時から、いよいよ舞台「スタニスラフスキー探偵団」の稽古開始。
今回の稽古場は京王線の芦花公園にあって、小屋入りする年明けまでずっとこの稽古場に通うこととなる。前回公演では日替わりで各地の公民館などで稽古したが落ち着かなかった。自宅から小一時間かかる芦花公園だがひとつの場所を借りれたのだから文句もない。電車に乗ってる間はずっと台詞の入ったボイスメモを聞きながら通えばいい。昼前後の電車は空いていて快適。急がなければいつでも座れる。
細切れに入れた自分の声を最後まで聞くとちょうど一時間弱…。明大前で各駅に乗り換えるときに、ラストの台詞までちょうど辿り着いた。つまり、自分一人だけの台詞量で一時間弱喋ってることになる訳だ!? 勿論、今回のような台詞量は初体験。子役時代に「トムソーヤの冒険」で主役を演ったことがあるが、それでも今回とは比較にならない…。
稽古初日にはすべて台詞を入れておく準備をしておこうと思っていたが、この時点では80%くらい。
まだおぼつかない長台詞が何カ所かと、相手の台詞を聞かないと覚え辛い部分が何カ所か。ただ、今すぐ立てと言われれば、なんとかなるくらいまでは覚えてきていた。

この日、初めて芦花公園の駅に降り立った。
駅前はロータリーの回りにコンビニが一軒、ATMが二軒、ラーメン屋に美容室、となんだか駅前らしからぬ感じの中に大手スーパーのサミットがあった。これからひと月近く通う訳だ。街にも慣れたいと思い昼前には到着したが、見るものも立ち寄るものもなく拍子抜け。朝飯と昼飯を兼ねた食事は地元で済ましてきたが正解だった。
サミットで水(南アルプスの天然水)、そして小腹が空いた時の為にバナナを買う。
何故かしらこの日のこの買い物が、定番となる。そして12時前後に駅に着くのも習慣となる。
そしてまた、地元で食事を済ませるのも…。と、稽古初日にしてこれから過ごす一か月のルーティーンが早くも決まってしまった。

自宅の一階を稽古場として貸し出しているスタジオが今回の稽古場だった。
少し狭いかな? とも思ったが、舞台の設定は喫茶店の会議室。圧迫されるくらいの空間のほうがいいのかもしれない。とにかくこの場に慣れ、この場を愛おしく思えるくらい、稽古に明け暮れればいい。
映像育ちの自分はこの「稽古場」という空間がずっと苦手だった。ちょっとしたトラウマもある。だからこそ、今回の舞台ではその「稽古場嫌い」さえも克服しなければと思っていた。
助監督であり演出助手であり舞台監督であり、尚かつチケットの予約も引き受ける、なんでもござれの有馬君がセッティングしてくれたテーブルと椅子の配置に習い、着席して時を待つ。当然のこと真ん中。この真ん中を定位置に。違和感のないものにしたい。遠慮はいらない。ずっとずっとど真ん中に君臨しなければいけないのだ。傍らには山田キヌヲ。この年、三本目の舞台となる彼女の存在はいろいろな意味で安心させてくれた。
緊張はしなかったが何故か興奮していた。この日の為に備えて来た。この日を待っていた。あの2月26日から…。いや、もしかすると、前回の初演「スタニスラフスキー探偵団」が終わった時からか。
作・演出・細野辰興さんからの挨拶がある。この舞台は同時に、映画「貌斬り」の撮影へと至って行く。そのことをも含めての挨拶。自分が何故、演劇をやろうと思ったのか? 撮影だけでは物足りない。もっと芝居を熟成する時間が欲しい。即ち稽古期間を持ちたい。自分は稽古が好きなのだと。
映画「貌斬り」の為のリハーサル初日が今日だとすれば、ひと月半の時間をかけて映画のクランクインを迎えることにもなる訳だ。なんて贅沢な映画の為のリハーサルだ。存分に稽古を堪能しよう。芝居を熟成させ、醗酵させよう。
キャストの紹介、挨拶があって、すぐに本読みが始まった。当然のこと、最初から最後まで通して読んでみる。
二時間近くの間、詰まろうが噛もうが飛ぼうがノンストップ。がしかし初めての本読みは新鮮だった。男三人で何度か読み合わせもしたが、まるで違った。そこに相手がいた。声が響いた。声が返った。聞いてくれる、感じてくれる対象があった。
一人きり、カラオケBOXにこもって読み込んだ本の世界が、この日、ようやく動き出したと実感する。

僅かな休憩があり、細野さんからの軽い感想あって、再び本読み。読むことで、声にすることで、細野さんだけでなく演者にも発見がある。勿論、自分自身にも。
初日にして、二回の通し。はある程度は覚悟していたが、なかなかに痺れた。事務所の社長が差し入れてくれた栄養ドリンクを今すぐにも飲みたいような気分だった。
二回通して読みながら、自分の課題も明確になってくる。当たり前だが固い。そして重い。もっと自由自在に、軽快に、明朗に、恍惚に、そうなっていく為にもの、これは自分の為の稽古なのだ。
三度目の通しはなく、場当たり的に読み始めたところで中断。
夜19時、「今日はこのへんで…」の細野さんの声で初日終了。夜21時までやりそうな勢いだった。
バナナ1本では足りない…。稽古初日を経て、まず始めに思ったこと。
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11月29日(土曜日)
13時から、この日も通して本読み。一人で読んでると集中も難しいが、こうして皆で読んでると持続出来る。というか、余計なことを考えている余裕もなくなる。
細野さんから「声」に関する注文。「まだ草野康太の声なんだよな」と…。
僕が演じる映画監督、風間重兵衛は、僕ではなく、映画「貌斬り」における、尾形連司が演じているという多重構成の原点に対する意見。それは自分でも自覚するところでもあり、今回のプロジェクトの一番の命題でもあることだった。
とは言え、これは「声」だけに関することでなく、「存在」そのものへの命題でもあることだった。
それは技術で改善出来る類いのものでもなく、かといって精神論で片付けられる類いのものでもなく、この先ずっと、それは簡単にOKが出されるものでもない、軽くクリアで出来るほどの注文ではない、まさに僕自身の命題だ。俳優としての新たな音色を獲得すること。
自分ではない、風間の、そして尾形の「声」を探す旅…。
早くも主題を突きつけられたと、細野さんの言葉に、何故かしら嬉しくもなる。
三度目のお仕事で、ようやく気付いたことでもあるが、映画監督、細野辰興は、俳優を挑発することが大好きな人なのだ!! それをダメ出しと思うか、それを発破と思うかで俳優の演技に違いが出る。
だから小手先の芝居ではなく、これからの稽古の日々で、自分もそこへと至る突破口を探したい。

夕方、配給宣伝の日下部さんが陣中見舞いに。「千成」と書かれた瓢箪型のお菓子を差し入れしてくださる。お客さんが数多く群がって、実がなるように…。その流儀はよく知らなかったが、宣伝用の写真を撮る。舞台の告知も兼ねてTwitterも始めていた。
なにがなんでも、この芝居を成功させたい! 神にも縋る心境でもあった。
やっていいということがあれば、なんでもやってみたい。試すべきことは、とにかくなんでもトライしたい。そんな心境でもあった。

この日は夕方で終了。明日の日曜日は稽古は休み。月曜日にはどう変わっていけるか?
一日一日が、次第に重みを増してくるはず。
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帰り際、横浜の野毛にある行きつけの店へ。
行くと、渡しておいたチラシが軒先の看板に貼ってあった。
頼んでもいないのに…嬉しくなると同時に、芝居をいいものにして報いなければと誓う。
呑みながら、もう自主稽古ではなく、正式に動き出したのだなぁとしみじみ噛み締める。ここまで来たらもう逃げれない。すでにチケットの予約も始まっている。
ひと月後には公演があり、映画の撮影も始まる。12月からは怒濤の日々が始まる。明日はその為に準備をしよう。本当の休日は、映画の撮影が終わってからだ。

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映画「貌斬り」は絶賛編集中。第一回スタッフによる編集ラッシュは2時間26分の超大作!
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恋唄綴り 

第七章 「俳優の休日」

「俳優さんって、休みの日は何をしてるんですか?」
この手の質問をよくされる。本当に答えに困る質問のひとつで、相手がどんな答えを期待しているのかは解らないが、休みなのだから休んだり遊んだり、仕事に備えているかをしているくらいで、俳優だからこその特別な休み方など、自分が知る限りは特にない。「つまらないかもしれないが普通ですよ」。こんな返答も味がないと思うから、余計にややこしい。
はたして他の俳優さんはどんな休日を過ごしているのだろう?
はたまたどんな洒落た答えを返しているのだろうか?

そもそも(休日)という概念がない。曜日の規則性もない。
長期的な撮影を抱えている場合を除いての休日は、仕事のない俳優にとっては失職の日々で、いてもたってもいられない、まさに休んでいる場合じゃないだろうと落ち着かない。そう、俳優にとっての長い休日はバカンスでもなんでもなくて、不安定で落ち着かない辛苦の日々なのである。

何かしらの仕事を抱えているときの休日は、やはりその為の準備をする休日となる。
台本と予定表を鞄に入れ外出する。映画を観たり、友人と会ったり、街を歩いたり、食事をして、酒を呑んだりしながらも、心はここにあらず。始終台本を開けたり閉じたり悩んだり…。と、こんな休日を過ごしている時が、自分は俳優なんだと自覚することの出来る時間だったりもするので、長く付き合ってきたけれどもつくづく自分は面倒くさい男だなぁと思ってしまう。
そして、この舞台「スタニスラフスキー探偵団」稽古中の休日は、いつもそんな時間に充てられた。
水曜日か日曜日に設けられたこの休日はとても有り難かった。連日の稽古では追いつかない個人的な作業に充てることが出来たからだ。思う存分の思索の時間。自主練の、復習の時間。稽古場で、時間を止めて個人的な課題に取り組むことなど出来はしない。
稽古が始まり、本読みが始まった今、この休日にしなければいけないことは、とにかく台詞を完全に入れること。台詞を叩き込まなければ、はじまりさえ歌えない。
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台詞はとにかく膨大だった。
冒頭の、独り語りだけで17行。映像ではなかなかない。独白というより演説に近い。
一番長いくだりで24行。1ページまるごとなんてのは当たり前。一日や二日で覚えられるような量ではない。かといって時間を掛ければ自然と覚えられる訳でもない。何より演じている時と同じく、集中力が必要になる。
映像の時は、ある程度おおまかに覚えておいて、あとは前日にノートに書いて覚えたり、録音して耳で聴いて覚えたり、とはいえ年々台詞覚えに苦労していることは自覚している。明らかに、脳は退化している。というよりは年を重ねると共に、気持ちとは裏腹な台詞たちが増えてきたということだろうか?
感情を伴っていればすんなりと身体に入ってきたはずの台詞たちが、次第に難解な言葉に感じられるようになり、覚えることが難しくなってきた。言葉の問題というよりは、感情の道筋がより複雑になってきたということだろうか? つまりはそれが大人になるということなのか?

夏から少しずつ覚え始めてきた台詞たちも、本を離しても少しずつ言えるようにもなってきたが、まだまだ足りない。たどたどしい。自信がない。身体の中には収まってない。たとえ高熱になっても、たとえ酔っぱらっていようとも、あるいは口を塞がれても言えなければ、あの舞台には立てない。
ある時、不意に、声を出さないと覚えきれないのでは? そう思った。
文字を追っていても駄目。マスクの下で、軽く唱えても駄目。それでは言葉は腑に落ちない。
何より声に出さなければ! 本番さながらに声を出し、喉で感じ、口角に馴染ませ、そして腹底に落とし込み、そこでようやく初めて台詞が身体の中から放たれる。そんなイメージを持ったのは、稽古開始のひと月前くらいのこと。
そこから集中的に、ブロックごとに録音を重ね、また一人でカラオケBOXなどにも行き、声を発しながら覚えていった。

ある映画の撮影のときに、主演の俳優さんに呼び出され、深夜にリハーサルをしたことがある。長旅を経てのホテル入り。午前0時を過ぎていたのにその俳優さんから電話があり、まさかと思ったが、営業終えたホテルの食堂で深夜のリハーサルが始まった。
「別に今の感じでも構わないかもしれないけど…」主演の俳優さんは軽く笑い、「でもまだ、台詞が腑に落ちていないよね。草野君の身体の中に染み込んでいない。それではただ上手に台詞をいっているだけ。TVドラマならOKかもしれないけれど、それではまだ物足りない。これは俺が企画した映画でもあるんだ。もっともっと俺を刺激してほしい。君の役はそういう役なんだ!」
出番は少ないながらも、重要な役でもあった。もっと年配の人がキャスティングされててもいいようなくらい、その主演の俳優を挑発しなければいけない役だった。難しい。確かに腑に落ちていない台詞だった。言葉だけが上滑りしてしまうような…。
けれど、それでは駄目なのだ。日常生活ではあまり言わない言葉をも腑に落とす。自分の言葉ではなく、その役の言葉として…。
翌日の撮影は幸いにしてOKをもらえた。しかし、それはまぁ大丈夫かな?くらいのOKで、真のOKではなかった。仕上がった映画を観て悔しくて仕方なかった。いつかその俳優さんに再会したら、リベンジしたい。しなければ辞められない。あの日の深夜のリハーサルには、応えることがまだ出来ていない。

台詞を腑に落とす。目でも脳でも口でもなく、下へ下へ、中へ中へ、腹の奥底に。言葉を蓄積する領域は、身体の中心にあるのかもしれないと思ったこの時の体験は、悔しくも忘れがたい。
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声にして、言葉にして、音にして、叫びにして…とにかく腑に落とす。
言葉を自分の身体の中に取り込んで、自在に発しながら、後で気付ける感情もあるだろう。言葉の裏側なんて今は探らない。言葉をボリボリと、ガリガリと齧っては呑み込み、腹底に収めるイメージを持って…。
2014年11月30日(日曜日)、休日のこの日も、僕はカラオケの鉄人に乗り込んだ。
二時間のつもりが三時間弱、壁の向こうから薄く聞こえてくる隣室のミスチルに、軽くドロップキックを喰らわせながら、孤独な絶唱を奏で続ける。これぞ即ち、俳優の休日。

異才映画監督・細野辰興が紡ぎだした言葉群よ、五臓六腑に沁みわたれ!!

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稽古場にて
恋唄綴り

第八章 「立ち稽古はじまる」

12月1日(月)
13:00〜 駅前のファミリーマートで珈琲を飲み、ゆっくり一服してから稽古場へ。移動の電車内は相変わらず自分の声を聞いている。マスクの下でブツブツと台詞を呟いたりもしている。マスクというやつは風邪予防の為だけにあるのではないのだなぁ、とても便利なものだと知る。
通して本読み。今日はまだ立たず、初めから通して読んでみる。暫しの休憩後、細かく読み合わせ、夜は初めて立ってみることに。唐突だったが準備万全。読みながら腰が浮く感覚もあったので望むところ。
簡単に、ではあるが、立つことで新しい風景が見える。立つといっても前半は座り芝居。どこで立ち上がり、どこでまた座り直すかは自分次第。心のままに。立ったり座ったりを繰り返す。
三日目にして早くも立ち稽古が出来たのも、美術の金勝浩一さんのお陰。忙しい撮影の合間を縫って稽古場に来てくれては、舞台装置を想定した空間を稽古場に作ってくださった。
この金勝さんは、僕の子役デビュー作品の装飾助手をやっていた方、その後何度か再会したものの久しぶりのお仕事となる。思いがけぬ再会。金勝さんの存在は心強い。芝居も真剣に聞いてくれる。演出の細野さん然り。まずはスタッフが最初の観客。この観客に何かを伝えられなければ本番は遠い。

前半の強弱、差し引き、そして相手にあまり対峙しすぎないこと。まだまだ必死さが余裕のない方向にしか向かっていない。初めての立ち芝居は思いのほか動けたが、動きすぎないこと。どっしり、ゆったり構えること。基本ベースは余裕の、不敵な笑みだ。
終了21時。どこも寄らずに帰宅。12月の空っ風が冷たい。

12月2日(火)
13:00〜 再び本読みに戻る。通しではなく、ブロック毎に。それぞれの役を掴むため。
僕の演じる風間に関しては、とにかく「歌舞く」ということがテーマ。いちいち人を見るのではなく、自分の世界に入り込み、妄想を、目先ではなく果てへ、果てへと馳せること、、、
稽古のだいぶ前から、このことは細野さんから課題とされていたこと。
そして集中力。これは個人的なテーマとして。稽古場での集中の仕方。気持ちの置き場を探すこと。
18時過ぎに終了。地元に戻り栄養補給。夜にきちんと食事を取らないと、いつものように痩せてしまいそうなので、普段はあまり遅い時間には食事しないが今回は別。食べることも大事。

12月3日(水)
13:00〜 最後の本読み。早く立ちたくてウズウズもしてくるが、戯曲と向き合う時間も大切かと…。
読みながら、後半になると集中が途切れることもある。自分の声に、台詞のつまずきに動揺してしまうこともある。何故言えないのかと、腹をたててる間にも次の台詞が控えている。素に戻り動揺している場合ではないのだ。このまどろっこしさを克服すること。その為にも、早く本を手放すこと!
夜、芦花公園の鳥将軍という名の居酒屋に初めて行く。翌日も稽古の為、軽めに呑もうと森谷、向山さんと三人で。話題はもちろん芝居のこと。こういう時間、映像の時はむしろあまり持たない。誘われれば断らないが、自分からはあまり誘わない。軽く誘うと快く付き合ってくれた二人に感謝、というか、二人とも呑みたかったのかもしれず…。軽くのつもりが日本酒まで辿り着く…。

と、12月前半の稽古の日々、台本裏に書かれていたメモを頼りに思い出してみるが、詳しいことまでは思い出せない。しかもこの時期、愛機GRで撮った写真はほとんどなかった。それほど余裕がなかったわけだが、連日の稽古は早くも白熱、充実していた。この週は日曜日まで休みなし。
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12月4日(木)
夕方まで立ち稽古。当然のことみんなが手探り。代役のパートもあるのでギクシャク。それでも稽古を重ねないと新たな課題も見つからない。
稽古後、明大前にある居酒屋にて、少し早い忘年会。お花見も主催してくださった古東さんらが呼びかけてくださった「スタニスラフスキー探偵団を成功させる会」に出席。細野さんを慕って集まった俳優やら関係者で大賑わいの宴。再演とは言え、ほとんどの人が「スタニスラフスキー探偵団」がなんなのか知らない訳だ。もちろん主演する自分のことも。自己紹介すると「普段はどんな舞台に出演されてるんですか?」と聞かれ、答えに窮する。普段は滅多に舞台はやらないのだけれど、映画監督、細野辰興さんの舞台だからチャレンジするんですよと言うと「じゃぁ頑張らないとね〜!」と言われる始末…。
そんな訳もあり、とても盛り上がった宴の隅で、心密かに燃えてきてしまった。この場にいる人が芝居を見たときに、どこまで圧倒させることが出来るだろう。圧倒させたい。窒息するくらい張りつめた空気の中で、芝居の醍醐味を存分に見せつけるのだ。主演俳優として形ばかりの挨拶もさせてもらったけれど、風間風に暴れ回りたいくらい、煮えたぎってもいた。甘っちょろい感傷や感動を与えるような舞台ではない、衝撃を与える。笑毒劇。観終わった後、しばらく席が立てないくらい、重たくて鋭い何かを突き刺したい。
言葉でもなく、態度でもなく、舞台の上で、役者として、風間重兵衛として、この日の自分の気持ちを、本番の芝居で感じてもらえたら…とだけ思う。

12月5日(金)
立ち稽古。最後まで通った。後半は、ところどころ台詞が抜けたが、とにかく最後まで辿り着く。
ここに辿り着かないと逆算も出来ない。到達して、やはり凄く大変な芝居なのだなぁと実感。
演劇のトライアスロン。幕が開いたら、ゴールのテープを切るまで休むことは出来ない。泳いで漕いで走って、喋る。喋って喋って、叫んで足掻いて喋り倒す。
前回公演も体験しているだけに、ある程度は全体像をイメージも出来ながら芝居しているが、今回はまったく新しい芝居にしたい。先入観を捨てること。前回はこうだったから今回も、という発想は出来るだけ捨てたい。でなければ再演する意味も、自分が風間を演る意味も薄くなるだけ。前回の風間役、大塚君の演技はナビにはなるが、なぞっていても仕方がない。特に後半部分はまったく最初から芝居を作り上げる気持ちで。後半主に絡む山田キヌヲ、森谷勇太が初演を観ていないのでむしろ今日は新鮮だった。
夜、借りていた「蒲田行進曲」を再見。この時代のダイナミックな演技。力強さが自分にも欲しい。

12月6日(土)
午前、インフルエンザの予防接種を受ける。未だかつてインフルエンザには罹ったことはないが念には念を。多少の副作用があるとは聞いていたが、移動の車中で気持ちが悪くなる。芦花公園の駅に着く頃には二日酔いのような状態になり、結局サミットのトイレで吐いてしまう。
それでも習慣的に南アルプスの天然水とバナナを買い稽古場へ。
13時開始。と共に通し稽古開始。細野さんの「よーい、はい!」の手拍子が鳴ったら、何があっても草野康太には戻らない。帰らない。帰ってきてはいけないのだ。
演じながら、体調が回復するのを感じる。というか、感じなくなるのを感じる。これで良し!
草野康太はいらない。風間重兵衛、かく語りき。そしてこの風間を演じるもう一人の人物、このキャラクターが、来週以降の新たな課題となってくる。
体調不良も含め、すべてが本番へのリハーサルとなる訳だ。通して稽古する中で、台詞に自信がない箇所も明解に。明日は映画のシナリオを読み込むことと、最後の台詞の復習にあてたい。
12月第一週、ハイペースにて終了。とは言え、本番はまだまだ遠い。。。

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稽古場にて 美術・金勝さん(左)と細野監督(右)
恋唄綴り 

第九章 「一進一退」

立ち稽古に備えて靴を買った。
稽古だけでなく、本番でもそのまま履いて使えるようにと、単なる稽古靴ではなく底が柔らかいウォーキングシューズを買った。その靴に慣れることも重要だった。舞台狭しと動き回るのだ。裸足に近い感覚に慣れるまで、稽古からその靴を使っていこうと思った。
稽古に備えて帽子も買っていた。前回の風間役との差別化も兼ねて、ハンチングではないハットを用意していた。これまた慣れる意味も込めて、本読みの段階から被っていた。

12月11日(木曜)、連日行われていた舞台「スタニスラフスキー探偵団」の立ち稽古は中断され、映画「貌斬り KAOKIRI」の顔合わせ・本読みが、舞台稽古と同じスタジオで行われた。
舞台の登場人物はもちろん、舞台には登場しない、映画パートのみに出演する木下ほうかさん、佐藤みゆきさん、畑中葉子さんらが加わり、稽古場の空気もガラっと空気が変わった。
舞台のこと、自分が演じる風間重兵衛のことで頭がいっぱいだったが、そう、これは映画「貌斬り」へと至る序章なのだ。この映画「貌斬り」でも、僕は主演として尾形蓮司という俳優の役を演じることとなる。つまり俳優である草野康太が、「俳優役」を演じ、その「俳優役」が舞台では「風間重兵衛」という映画監督を演じ、もっと言えば、その映画監督が舞台上のストーリーの中である実在した俳優の役をも演じるという構成。当然のこと、舞台公演中は毎日カメラが回る。カメラマンの道川さんは舞台の登場人物の一人として、僕らの芝居をカメラで捉えていく。これが映画「貌斬り」の挑戦。そして自分の挑戦。
この日は、初めての本読み。舞台シーンがそのほとんどを占めるとはいえ、初めて尾形の声をも出すことになる。手探りのスタート。
尾形という役は、風間を更にダークにさせていった様なイメージを持っていた。この二役も音色を変えて演じなければならない。本読みだけに「声」での表現が難しかった。
この本読みは参考までに、また録音しておいた。後日聞いてみると、「声」の差別化という課題はまったく解決されてなくて、自分で出している感覚とはほど遠く、まるで音色を感じられなかった。技術的な問題もあるかもしれないが、この時点ではまったく駄目。映像俳優が久々の舞台に立とうとして、必死に力んでいるだけ。空回り。

連日の稽古を、ただの稽古としてではなく、自分が風間重兵衛に成りきることで、その稽古の積み重ねによって、尾形連司という俳優像が少しずつ構築されていけばいいと、どこかで思っていた。
そもそもあまり好きではない稽古を重ねることで、何かしらの変貌が出来ればと…。だから稽古は本気だった。流したり手抜きで稽古出来るほど舞台に慣れてはいない。とにかく毎回本気で。本気で臨まなければ発見がない。なので、しんどく思う時もなくはなかったが、毎日の稽古を気持ちだけは本気で臨んだつもり。
通し稽古の前は本番さながらに栄養ドリンクを補給した。公演中を想定して、水の補給量も本番のつもりで計っていた。夜7時、3度目の通し稽古が始まる前に、その日3本目になるリポビタンDを手にすると、演出助手で黒子役の日里ちゃんが近寄って来て「早死にしますよ」と悪戯っぽく笑って助言してくれた。無意識のうちに手にしている特効薬に頼っている自分が、一瞬だけ哀れに思えた。

「演技を見せてくれ」と細野さんは要求する。「演技で魅せてくれ」とも。
最近よくある「演技をしないでください」的な演出とは対極にある。日常的な、感情を抑えた芝居ではない、言葉は古いが大芝居。躊躇している場合ではない。大向こうに、想いを馳せる。
日頃抑えている感情を煮詰め、圧縮し拡大させるのだ。その感情や意識の飛躍を体感したい。
俳優だから、演技するのだ。演技をしない演技をする為に俳優になったのではない。思う存分、演技の妙を、技を、舞台の上で表現するのみ。映画監督、細野辰興の要求は、シンプルで重厚。
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振り返ってみると、立ち稽古が始まり、映画「貌斬りKAOKIRI」の本読みを挟んだこの一週間あまりの稽古期間が、一番じれったくてしんどい時期だったかもしれない。
覚えているはずなのに抜けていく台詞。揃わないキャスト。あたたまらない芝居。
本気でやろうと思えば思うほど、必死さが空回りし、余裕なくては真面目マジメな芝居になっていってしまう。明日はこうしてみようか? なんてことも思うことなく帰宅すると撃沈。夢の中に、芝居が登場することになってきたのもこの時期から。夢の中でも台詞を喋っていた。
写真もメモも、この時期はほとんどない。よく覚えているのは、全然手応えの得られなかったシーンを助監督役の森谷勇太と居残りで自主稽古したときのこと、本物の助監督、有馬くんが快く稽古場を使わせてくれ、尚かつ山田キヌヲちゃんも付き合ってくれた。三人で役を入れ替わらせて本読みをしてみると、相手の台詞だけでなく、自分の台詞の新たな一面に気付かされることもあった。
猪突猛進、だけでなく、ちょっと小休止してみたり、たまには自分の背中や足の裏まで意識を向けてみることも必要なのかもしれなかった。

ちょうどこの時期、二日だけ映像の仕事が入った。これより後の時期だったら、当然断るべき仕事なのだったが、合宿を控えている今の時期ならばと、リフレッシュも兼ねて稽古をお休みさせてもらうことにした。一旦リセットしたい。偽らざる心境でもあった。
本音はどうかわからないが、撮影に出向くことを快諾してくれた細野さんと、合宿前に一度だけ二人きりで呑んだ。これまでのこと、これからのこと。課題と挑戦を再確認。演出家からというより、アスリートに付き添うコーチのような助言も頂く。
監督であり、演出家でもある細野さんではあるが、僕もまた、細野さんに細かいことは聞きたくもなくなっていた。何を要求しているのかは自分でもわかっているつもり。その突破口を開く為のヒントはいつももらっていた。後は自分次第。それが細野さんとの勝負であり仕事。
二日間の撮影と、二日の休みを経て乗り込む合宿で、まずはその兆しを見つけたい。

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Tommyさん、森さん、ご支援ありがとうございます!
劇場で観てもらえる日を、僕も楽しみにしています。。。
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横浜・大岡川にて 2014
第十章 「拝啓 山田キヌヲ 様」

拝啓 山田キヌヲ 様

横浜でも桜が咲き始めました。あっという間に満開のようです。
上の写真は昨年のもの。横浜の大岡川という川に満開の桜が散っていく様を毎年のように撮り続けています。天空の下へと向かって映えている桜よりも、満開を祝し、大勢の人で賑わっている中の桜よりも、儚くも散っていっては所在なく、夜の川をたゆたう花びらに、何故だか惹かれてしまうのです。
そう広くはない川面いっぱいに、春風に舞い、枝から巣立った花びらがひしめき合っている様は壮観です。昼は太陽を浴びて、夜はBARやスナックの灯りを反射しては、港町ヨコハマのもうひとつの貌を覗かせてもくれるのです。だから、俺の花見のピークは来週以降。散った桜が川面を満開にする時期もほんの数日のことなので、その日を見極めるのも実は難しいのです。

前置きが長くなりましたが、その後、お元気ですか?
1月の舞台「スタニスラフスキー探偵団」公演、映画「貌斬り」撮影から2ヶ月が経ちました。
その後お変わりありませんか?

恋唄を綴りながら、稽古の日々を思い出しています。ファミマのコーヒーや、なかなか来ない京王線。カットされたフルーツや差し入れのチョコレート、殺陣の指導や、清水くんの座頭市ばりの馳一夫。村田くんのシャイなゆとり小僧から鳥将軍の麻婆豆腐。そして一度しか行かなかった中華屋のことなんかも。思い出すことはいろいろあります。苦しいけれど楽しい、楽しいけれど苦しい日々でもあったなぁと懐かしく…。あの頃は春が来るなんて思えなかった。芦花公園と名付けられたその駅に通いながら、誰一人として芦花公園の場所を知らないでいるんじゃないだろうか?少なくとも自分はそうです。芦花公園駅の、駅名の由来となったはずの芦花公園とやらに、いつかひょっこり行ってみたいと思います。
稽古場へ誰より早く到着したあなたは、いつも掃除をしたり、お湯を沸かしたり、まるで母のような振る舞いで、先へ先へと逸ってばかりの俺の心を和ませてくれていました。芝居のうえではバチバチとやり合いましたが、それだって、ある種の安心感を感じながらの戦いであったように思えてきます。本当に、本当に助けられました。ありがとう。

先日、打ち上げ以来会っていなかった細野さんに会いました。
編集でさぞ疲れているかと心配してましたが…、元気でした。そして変わらずパワフルでした。そしてまた「映画の編集は、大変ではあるが、順調。収穫あり! 」とのことでもありました。予定よりは遅れてるそうだけど、それは仕方ない。編集の若林さんと何回も何回も、稽古と同じくらい何回も、いやそれ以上の回数の全公演の映像を見ては、試行錯誤を繰り返しているようです。二人とも、単純に恐れ入ります。
楽しみだね。どんな映画になっているか、俺は本当に想像も出来ない。出来ないけれど、あの舞台を観た人には驚きの、観ていない人には尚驚愕の、映画の旨味が凝縮された一本となっていることを信じたいと思います。
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ひとつの映画が、ひとつの劇場で公開される。
当たり前のことのような出来事が、当たり前ではない時代になり、映画への関わり方を、これからもっと模索していかないと危ういと感じるようになったのも、以前自分が主演した映画が公開された時からでした。公開されて嬉しいけれど、悔しいというか力不足を感じたことも多々あって。ひっそりこっそり覗いてみた地方のミニシアターのレイトショーで、ガラガラガランとした場内に映し出される自分の姿は本当に切なかったです。場内にはポスターもチラシも置いてなくて、なのにどうして今ここで上映されているのかと不思議になるくらいで…。
東京で公開されたからといって、俺の地元、横浜で公開される保障もない。友人が待っている京都や、ずっと応援してくれている人がいる大阪や、いつも熱いコメントをくださる方が住む九州、更には北海道まで。挙げればキリがない地方都市の数々で映画が上映される環境は、年々厳しくなってきたと実感していますが、映画「貌斬り」をひとつでも多くの劇場で。そして一人でも多くの観客へ。お届け出来る為の何かが、今のこの日常の中で出来ることあれば、もうちょっと足掻いてみたいと思っています。

舞台は千秋楽、超満員の喝采の中で終わったけれど、映画はまだ蕾の段階といったところでしょうか?
映画「貌斬り」の開花宣言、満開はいつになるかはわからないけれど、劇場公開を迎えるその日まで。
自分なりの思いを温めては膨らませ、来たるべき日を待ちたいと思います。そしてまた全国各地に春の訪れを告げる桜前線のように、確かな足取りでゆっくりしっかり、映画「貌斬り」が多くの街を訪ねてくれたらいいなと、願わずにはいられません。
映画を、映画館で観る。その醍醐味を、あのひと月を超える稽古と、8回の公演を経た俺たちの姿が刻まれた「貌斬り KAOKIRI」は必ずや感じてもらえるのではないでしょうか?
なにせ映画の為に稽古をし、また映画の為に公演まで敢行したわけですから。劇場を支配する暗闇の中で、目を凝らし目撃してもらいたい。とっても奇特な、滅多に観られない映画を…。

と、あれから2ヶ月経った今も、何も出来ないながらに、先へ先へと逸ってしまっている訳ですが、これもまた性分のようで…、今目の前に映える満開の桜よりも、散っていく桜に焦がれてしまうのは、そういう性分もあるのかもしれませんが、今年もまた、大岡川の桜を、川面を満たす星屑みたいな花びらを、撮りに訪ねたいと思っているところです。

そして、まずは目の前のお仕事を頑張るしかないですね。苦手な説明台詞の三行を、今週中には覚えようと思います(苦笑)。
キヌヲちゃんも忙しいとは思いますが、体調に気をつけて。またみんなで会えますように。

長々なりましたが、勝手な文章を書いてすみません。
ただ、いつかあなたへのお礼も込めて、また敬意を表し、手紙を書いてみたかったのです。
俺よりもずっとずっと細やかに、稽古の日々を観察し、記録し、研究を重ねていたあなたの姿勢が、この文章を綴るきっかけにもなっていたもので…。
どうかお許しを。。。

3月30日 草野康太
 

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舞台「スタニスラフスキー探偵団」を経ての、映画「貌斬り」は絶賛編集中。
この文章は、その完成した映画を、全国各地の映画館で観てもらいたい一心で書いてみようと思ったものです。
映画「貌斬り」はモーションギャラリーサイトにて、劇場公開を支援していただける方を募っています。良かったらサイトの方もご覧になっていただければ幸いです。募集も残り一ヶ月を切ってきました。
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