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「恋唄綴り」

第十一章 「御殿場合宿(前編)」

12月18日(木)
前日の撮影は深夜0時を過ぎたが終電で帰宅。その終電を逃したらプロデューサーのSさんが自らの運転で自宅まで送ってくれるというが、ギリギリで間に合う。不眠不休でハンドルを握るSさんの運転で帰るのはちょっと怖く避けたいとこでもあった。もしそうなったら自費でもよいからタクシーで帰えろうとも思っていた。カーチェイスさながらに最終電車を追いかけて走っていたSさんの車は、奇跡的にN駅で最終電車に追いつき、猛ダッシュで駅の階段を駆け下りてはその電車に乗り込んだ。やれやれ…。タク送など今は遠い昔の話、のご時世なのだ。帰れただけ良しとしよう。
二日間の撮影はタイトだが楽しかった。冬の光を久々に浴びた。風は冷たかったがそれも心地よかった。ずっと稽古場のエアコンを浴びていたので、余計に喉に優しかった。台詞が少ないのも助かった。老けメイクを凝らし、新卒社会人の父親役を演じた。
2日の撮影と2日の休日。計4日の稽古休みはリフレッシュ出来た。そして、これでもう休日は終わりなんだと覚悟も出来た。後はもう本番まで突っ走るのみだ!

翌朝、早朝の高速バスに乗り富士山の麓、御殿場へ向かった。
前回公演では二回の合宿が組まれていた。朝から晩まで稽古三昧。共演者と寝食を共にし、役を深め、芝居の完成度をあげる。今回は一度しか組まれてないが5泊6日。稽古のヤマ場がこの合宿となることはあらかじめ解っていた。
国立の青少年教育施設「国立中央青少年 交流の家」が今回の合宿の拠点となった。
御殿場の駅で細野さんの車にピックアップしてもらい、ドラマ「戦国自衛隊」やVシネマでお世話になった御殿場の街を眺めながら交流の家へたどり着く。
冷たく澄んだ空気、「家」とは名ばかりのただっ広い敷地内。道路を隔てた敷地は自衛隊の基地でもあった。そして間近に富士山が見えた。
芦花公園から御殿場へと。まさに稽古の折り返し地点。こんな遠くまで来てしまった。

まず、場内の説明を兼ねたオリエンテーション。元は米軍のレクリエーションセンターであった土地を、昭和34年から国民施設として開所した歴史ある施設であることを聞く。その後、初めての昼食(バイキング)を経て、稽古の為の講堂に集合する。
芦花公園の稽古場からは一転し、とにかく広い講堂だった。思う存分、声を張り上げても、最後列には届かないかもしれない。それくらい広い場所だった。ちょっとしたコンサートにも対応出来そうだ。
解放的で、見晴らしも良い最高のステージで稽古出来る。そう思ったが、いかんせん寒かった。ストーブを焚き、尚かつ暖房も入れてもらったが寒さは軽減されない。隙間風なのか、足下からスースーと冷気がまとわりつく。とは言え、稽古は楽しくスタート出来た。稽古場が変わり、目先の風景が変わり、演じていて新鮮だった。
この地までも同行してくれた美術の金勝さんが、またしても本番使用の仮設の舞台空間を作ってくれた。助監督、有馬くんも何から何まで頭が下がるくらい働いてくれる。
「声」の課題を突き付けられて臨んだ合宿だったが、この日の「声」は自分でも少なからず変化が感じられた。数日の休暇が好転したんだと思った。もしくは稽古場の問題か。壁に跳ね返る芦花公園の稽古場は、自分でも声を出していて息苦しくなることがあった。御殿場に籠る数日間で、本番への手応えをしっかりと感じたい。そして新たな音色を獲得する。自分なりの目標だった。

夜になり、寒さがどっと場内を支配しはじめて、この日の稽古は早々に終了。熱くなっていくはずの芝居も凍えてしまいそうな勢いで、夜の御殿場の寒さは身に染みた。
さすがにこれ以上この寒さと闘いながら稽古は出来ないと、明日からの稽古場を急遽探すことに。
広大な敷地内のミーティングルームが使えるかもしれないということになり、金勝さんが素早く段取りを進めてくれてはこの日のうちに帰宅された。陣中見舞いの焼酎と日本酒を置いて。初日だけとはいえ、金勝さん不在では合宿も成立しなかったのではないだろうか?
夜9時、施設内の浴場にて、共演者と汗を流す。いや、凍えた身体を温める。馳役の嶋崎さん、壷井役の金子君とは、この風呂場で初めてゆっくり話せたような気がする。芦花公園では、そういう時間もあまり持てなかった。

本来は禁煙禁酒の部屋で、皆でこっそり呑んでから寝る。金勝さんの焼酎をお湯で割っていただく。
寝不足の自分は誰より早く休ませてもらおうと思っていた。
明日は6時起床!? と、合宿初日から軽い悲鳴をあげたくなるのだが、寝て起きて、芝居して芝居して芝居する為の合宿なのだ。余計なことは考えず、この一杯を呑んだら寝よう…と思う間もなく記憶が途絶える。
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12月19日(金)

6時起床、というか、6時に宿舎内にアナウンスが入り、自ずと目を醒まさなければいけなかった。
朝のオリエンテーション参加がこの施設を使う者の決まりで、気温が氷点下の場合のみ中止となる。この日の朝は0度を下回り、中止のアナウンスが響いた。
7時から朝食。これまたバイキング。学生が使うことの多い施設なので、食事は充実していた。
昨日の焼酎が思った以上に残っていた。そんなに呑んだ訳ではないのに、何故か? 食事も進まず気持ち悪い。胸のあたりがムカムカする。ヤバい…。
一旦部屋に戻り、軽く横になり、水を飲み、煙草を吸いに行き…あっという間に稽古開始の9時。
そして間髪入れずに細野さんの「ヨーイ、ハイ!」通し稽古が始まった………。
午前中は本当にキツかった。芝居の間もひたすら水を飲んでいた。吐けるものなら吐きたいくらいに。
昼食を挟んでからの午後になりようやく少し落ち着く。新たな稽古場、普段はミーティングなどに使用されるその場にも慣れる。講堂に比べれば狭くはなるが、芦花公園より奥行きもあり、何より空調が効いているので暖かい。
合宿参加メンバーは出演者全員。それに加えて演出の細野さん。助監督の有馬くん。黒子役兼演出助手の日里ちゃん。更に、黒子役兼映画「貌斬り」におけるカメラマン、道川さんが加わった。
道川さんがこの合宿に参加することも、この合宿のテーマのひとつ。黒子カメラマンを加えての芝居。黒子の動きが、これまでの芝居とどう融合していくのか? 本格的に着手する。演じていても、黒子の存在がアクセントになる。かといって黒子は黒子。意識ばかりもしていられない。これまた芝居同様に、呼吸を合わしていくしかない。
道川さんは仕事も何度かしているが、とにかくいろいろな場所でよく顔を会わす。フットワークの良い活動的なカメラマンである。同世代ということもあり、影響受けてきた映画にも、人物にも、共通点がある。この「貌斬り」の、この黒子役を含めた道川さんの起用も心強いものだった。
夕方のオリエンテーションも、寒さのため中止になり、夕食を経て夜も稽古。自分も含め、疲れてない人など誰もいなかったことだろう。
風呂の時間が待ち遠しくもなり…。呑まずともぐっすり寝れそうな二日目の夜。氷点下。明日の朝のオリエンテーションも、どうか中止になってくださいと祈り、眠る。
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12月20日(土)

三日目。朝のオリエンテーションはこの日も中止。決行されても誰も起きれなかったのではないか?
食堂を使うのは自分たちだけではないので、7時きっかりには行かないと込み合ってしまうので早めに食堂へ。前日の反省もあり、この日は朝から快調。たっぷり食べて長丁場の稽古に備える。白米に納豆。フルーツと珈琲。とりあえずこれがあれば満足。
助監督の有馬くんから伝言。「9時開始を30分遅らせてください」とのこと。それでも9時半開始!?なのだ。午前中だけで一回通しての稽古が充分にやれる。果たして今日は何回の通し稽古になるだろう?
他にすることもない施設内なので、9時半開始といえども9時前にはみんな稽古場へ集まってくる。台詞の確認、ストレッチ、殺陣の稽古などなど。自分だけでなく、それぞれが新たな命題と向き合っている感じ。自分はとにかく突き抜けたかった。台詞を置いて喋る段階は終わり、もっと自在に、緩急つけて。全編をアドリブのように繰り出せたら。押したり引いたりを繰り返し、「マジメ」さから脱却すること。その為に、芦花公園の手狭な稽古場を離れ、ここまできたのではないか。
夕方、オリエンテーションが決行されることになり、少し早めに稽古終了。
細野さんに誘われ、食堂横のスペースでお茶を飲む。いっこうに軽くならない風間の演技に業を煮やしたのか、細野さんが出会ってきた巨匠映画監督の逸話を幾つか話してくれた。そんな映画監督たちの集合体が、僕が演じる風間重兵衛となる。今は無き、昭和の巨匠たち。映画監督という名の奇人変人。そういった人たちの残滓を、僕も辛うじて東映京都撮影所で出会わせてもらってきた。そんなことをも思い出し、細野さんの話に耳を傾けながら、風間像をもっと自由に、もっと豊かに膨らませていきたいと改めて思った。枷をつくらず、残りの稽古で野蛮さ、卑猥さ、面白みを加えていきたい。その葛藤の果てにのみ、映画で演じる尾形というキャラクターが潜んでいるはずだ。
この日こうして話す時間を作ってくれたように、細野演出は俳優に寄り添う。寄り添いながら挑発し、その俳優から発せられる新たな演技を待ち続ける。発するのは自分だ。待たせてばかりもいられない。飛躍の兆しを見出すのは今だ! この御殿場の地だ! 

そんな思いとは裏腹に、この日の深夜、喉が痛くて目が覚めた。痛みの為に、というよりは、痛いことが不安となって少しの間、眠れなくなった。
稽古が始まり、喉が痛い日はそれまでにもあったが、痛い箇所がそれまでとは異なった。奥へ奥へ、痛みの度合いも重く鋭くなっている。ひょっとするとこれがポリープというやつか? 一瞬そんなことをも思ったが、どうすることも出来なかった。
重たくて低い声を出そうと、意識して喉を締めつけるように喋っていた。映像では用いない発声法で、勿論初めての試みでもある。それ故の負担であって、ポリープなどどいう大袈裟な病気でもなかろうとも思うのだが、何もかもが心当たりのないもので不安になった。気分転換に深夜の外気を吸いにいくと、見渡す限り靄がたちこめ、まるで舞台上のスモークのようだった。
富士登山にたとえるなら何合目だろうか? 登ったことないから解らないが、公演まではひと月を切っている。明日には痛みが消えているよう。明日には兆しが見えるよう。本番さながらに、明日も朝からフル回転で臨むしかない。逃げようにも、フェンスの向こうは自衛隊の基地である。
不思議と寒さは感じなくて、夜風も心地よく、頭は妙にスッキリして、また深い眠りに落ちれそうな、稽古合宿、三日目の夜。。。

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舞台「スタニスラフスキー探偵団」を経ての、映画「貌斬り」は絶賛編集中。
この文章は、その完成した映画を、全国各地の映画館で観てもらいたい一心で書いてみようと思ったものです。
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恋唄綴り

第十二章 「御殿場合宿(後編)」

12月21日(日)
朝6時起床、オリエンテーリング参加。国旗を掲揚する。なかなか出来ない経験だし、あえて志願する。「君が代」を聴きながら、村上春樹「ノルウェイの森」を想起する。
午前稽古開始。喉の痛みは治まらず、がしかし恐る恐る声は出してみる。出すことで更に喉が強くなるかもしれないし、怖がっていても仕方ない。痛みが消えるころには新しい音色が獲得出来ているかもしれない、と淡い期待も抱きながら…。
前日から道川さんの黒子カメラだけでなく、定点で別カメラも回し始めている。演じている自分がどう映っているのか? 気にならない訳でもないが、チェックする余裕もない。
稽古はこの日も本域で、通しも数回。台詞がままならない箇所がこの段階で出てきて焦る。何度も通して演じてきてわかったのだが、どこかで台詞を確認出来るような時間がない。舞台が始まったら、板の上にあがったら、素に戻れるような時間もない。特に後半はダイナミックに展開されるので、何が起きても台詞だけは飛ばないように何度も何度も腑に落とさないと本番が怖い。まだこの稽古中は許される失敗だが、その失敗をも本番の糧にしていかないと意味がない。
疲れてる。集中に欠ける。何事も言い訳にならない。そうならないようにする為の稽古。たっぷり時間があるようで、徐々に焦りのようなものも芽生えてくる。果たしてこの芝居は本当に面白いのか??
細野さん、有馬くん、常に同じ観客の前で何度も繰り返して演じていると、ときどきどうしようもなく不安にもなる。

夜は懇親会。稽古一筋の合宿中、唯一のゆったり出来る時間。
女子が宿泊してる別棟の和室にて酒を呑む。ここでの飲酒は許可を取れば許されてるようで、ビールやらワインやらを呑みながら談笑。なんだかんだでストレス溜まっているのだろう、助監督有馬くんが異様に酔っぱらっていたのが印象的。本当にタフで、全員分のケアをしてくれている。最年少の金子くんは誕生日ケーキを肴に酒を呑み撃沈。すやすや寝ていた。
皆で長谷川一夫主演「銭形平次・まだら蛇」をDVDにて鑑賞。共演は美空ひばり。主役芝居とはどういうものなのか? また声の出し方、身のこなし方、いろいろ参考になる。
宴もたけなわ、まだまだ呑めそうな夜でもあったが、後片付けは若手に任し、早々に風呂に。40間近のおじさんは早くあったかい風呂につかり、明日の稽古に備えて眠りたい。偽らざる心境。
風呂場へ行くと寝ていたはずの金子くんもいて、老人のように半身浴していた。この飄々とした現役大学生、金子くんのマイペースさに何故かしら癒されてしまう不思議。
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12月22日(月)
稽古合宿の仕上げの日、と勝手に思っていた。
何か、何でもいいのだ。この地まで来た意味を、形にして帰りたいと…。ただ疲れて帰るだけでは勿体ない。何かしらの手応えを土産に帰りたい。
昨夜の懇親会の影響もあってか、午前午後は稽古も停滞気味。細野さんだけでなく、撮影・道川さんも有馬くんも疲れの色は隠せない感じだった。この三人は稽古だけでなく、映画のカット割りも考える為の合宿なのだから当たり前だ。
こうなってくると、ダラダラと止めながらやる稽古より、本番さながらの通し稽古のほうがピリッと皆が緊張して、稽古にも張り合いが出る。失敗しようとも最後まで通すのだ。稽古といえど一本道の綱渡りをしているほうが集中も持続できるようになってきた。

恐らく稽古合宿最後の通し稽古が始まる前に、細野さんが口を開いた。
「ハレとケ」についての話だった。舞台の上で緊張している俳優を観たくて観客は劇場に来る訳ではない。日常を忘れ、非日常に身を浸し、俳優の生き生きとした演技を観たくて観客は劇場へ足を運ぶのだ。芝居は、舞台とはそういう意味で、「ハレの日」なんだよ、と。
「演技を魅せろよ」そんなことを言われたことも思い出す。演技を、技を見せろ。緊張している場合でも、不安に押しつぶされてる場合でもない。観客を魅了するのだ。「ハレの日」の姿を焼き付けてもらうのだ。
不意に発せられた細野さんの幾つかの言葉が、通し稽古開始数分前、何故かストーンと腑に落ちた。視界が急に明るくなるのを感じ、また劇場の暗闇の中にいるように安心出来た。欠けていた何かが、ピタッと身体の空洞に引っかかり、ギアが入った瞬間だった。と思う。

「よーい、はい!!」
本番さながらに暗転し、明転し、テーマ音楽が鳴り、その音楽と共に舞台上へ。
出だしに苦労する芝居だった。出だしでつまずくとなかなか修正できない。だからいつも怖かった。しかし、この日の通し稽古も「ハレの日」なのだ。いや「ハレの日」の為に僕らは向かっている。その「ハレの日」というこの言葉が何故かお守りになって、そこから先の、この日の芝居に変化を与えてくれた。

2時間の通し稽古を終えると、まずはトイレに駆け込み顔を洗う。汗だくの顔を洗い、喉を消毒する。
すぐに反省なども出来ない。最後まで通せたことにまず安堵し、荒れた息を整える。誰の顔も見れない。誰にも顔を見られたくない。ほんの少しの時間でも、一人っきりにしてくれと思う。
稽古場に戻ると、馳役の嶋崎さんが昂揚した様子で「面白かった〜」と、初めてそう言ってくれた。出番が来るまで、いつも観客の位置から僕らの芝居を観てくれる嶋崎さんで、ときどき合いの手のように笑ってもくれ、無反応な稽古場では多いに助けてくださったが、今日は本当に楽しんでくれたみたいだった。その嶋崎さんの反応が素直に嬉しかった。
破綻もあったが、それも今はよし、演じていて初めて解放された通し稽古だった。それを誘ったのは、細野さんの「ハレの日」の話し。この言葉に誘導されるように、心も身体も一歩前へ進んだと感じられたこの日の稽古が、御殿場合宿のひとつの到達点となった。
不思議なことに、痛みが続いた喉のことも、稽古が終わった後はあまり気にならなくなっていた。
稽古終わりの最後の風呂を堪能し、また最後の夜を過ごす。
ひとつのきっかけをもらったことで、本番へ向けてのまた新たなモチベーションが上がってきた。この日の芝居をベースに、いや、もうこれ以上は停滞出来ない。ここから先へ、前へ、前へ。。。
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12月23日(火)

最終日も6時起床。最後となるオリエンテーションにも参加。静岡の高校生達、台湾からの女子サッカーチーム(大学生?)らとも今日でお別れ。この台湾女子サッカーチームの面々が本当に可愛らしく、助監督役の森谷と僕を多いに喜ばせてくれた。当然、観に来てはもらえないだろうけれど、最終日ということもあって舞台のチラシを配布する。女子ワールドカップの予選で、いつか彼女たちの姿を見つけることがあるだろうか?いやいや、その前に自分らが台湾のスクリーンに映し出されなければいけないのだ。
荷物をまとめ、最後の稽古に臨む。前半部分のみの、抜き稽古としてスタートしたはずの午前稽古は、何故か白熱し、そのまま後半部分にも突入し、後半は延長サドンデスのような芝居が続くため、途中で中断することもなく、気付くとラストシーンまで稽古していた。無問題。想定内。もう何も恐れはしないし、動じない。
五泊六日、御殿場での稽古合宿はこの日の午前をもって終了。
これまた最後の昼食を堪能し、三三五五、帰宅。
御殿場からは一人、高速バスで帰宅した。舞台「スタニスラフスキー探偵団」テーマソングとなる、「恋唄」が入っている内山田洋とクール・ファイブのベストアルバムを聴きながら…。
窓外の風景に何故かマッチして、胸に沁みて、グッと込み上げて、約2週間後に迫った本番のことをイメージしながら、「ハレの日」を待ち焦がれながら聴き続けた。音楽に身を委ね、詩に心を重ね、無心に、空っぽになり、目を瞑った。。。

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12月30日 芦花公園稽古場にて
恋唄綴り

第十三章 「年末年始、そして小屋入り」

クリスマスも大晦日も正月も、あっという間に過ぎていった。何も予定は入れられなかったのだから当然とも言えるが、たとえ稽古が休みでも、なんらかの形で舞台と映画に関わっている、そんな日々であった。
芦花公園に戻ってからの稽古の日々に、メモらしいメモも書き加えられることはなかった。とにかく毎回が全力の稽古だった。本番の暗闇を想像しながら、また渇望しながら演じていた。細野さんに何か助言されても、最早メモる必要もない。その場で噛み締め、砕いて、腹底へ消化する。覚えることに腐心した台詞と同じ要領で。
新たな音色から、更なるうねりへ。これが新たな細野さんからの要求だった。人が持つ二面性、多面性を滲ませられるように、と。自分でもまだまだ発見があると思っていた。身体が勝手に動いてしまうような、言葉が勝手に溢れてきてしまうような、この戯曲にはまだまだ出会っていない感情が隠されているはずだ。これでいい、ということはない。大丈夫も、OKもない。狂気のような、奇跡のような瞬間に出会う為、もう一回、あと一回、螺旋階段を登るように、演じて演じて演じ続けて行くうちに、別世界への扉が待っていると信じて、息を整え、無心になって毎回スタートラインに立つよりなかった。
「緊張するんじゃなくて、集中するんだ!」御殿場合宿を経て、細野さんからのこの言葉をいつも自分に言い聞かせた。
年末からは録音の若林さんも合流。映画だけでなく舞台にも精通してそうな若林さんだけに心強い。何より稽古場で存在感がある。俺に任せろ! そんなオーラに満ちていて、席に座ってくれるだけで何故かしら安心する。
撮影、黒子役の道川さんも、同じく黒子役、日里ちゃんも本番体制。皆も衣裳を纏いつつ、芝居の全形像だけは見えてきつつあった。出来ることなら一刻も早く劇場に乗り込みたい。闇や光を感じながら芝居を体感してみたくなってきた。

12月30日、その年の稽古の最終日にウエイトレス役の和田光沙の誕生日があった。前回に引き続き、稽古中は彼女のアドリブに皆が振り回されることとなる。しかし彼女なりにその日の芝居の流れを汲み取って、その上でのアドリブを披露してくれるので破綻がない。ワビサビを熟知したかのような絶妙なアドリブに、やはり自分も救われている。二度目の出演でありながら、毎日の稽古を常に新鮮に演じようとしている。同じことはしない。簡単なようでいてとっても難しいことを淡々とやり続けている彼女の存在も、やはり心強いものだった。

2014年の最終稽古のあと、地元横浜へ戻り、映画監督であり旧友の御法川修氏と、同じくドキュメンタリー監督の中村高寛さんと久々に会う。約束したわけではなく突発的に会えることになったので中華街まで向かった。三人で会うのは本当に久々のこと。今日だけは、とことん呑んでしまおうかな?とも思うのだが、水分不足なのか、呑んでも呑んでも酩酊しない夜。気付くと行きつけの店のカウンターで、一人最後まで居残ってしまった。
明日は大晦日。2014年の締めくくりに思うことは、やはり舞台の成功だけだった。この舞台が成功しなければ、映画「貌斬り KAOKIRI」へは至れない。年が終わる感慨は、だからまったく感じられず。
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大晦日、一人自室で紅白歌合戦を横目に見ながら、台本をめくりつつ除夜の鐘を聞いた。無意識に台本を開いていた。稽古場ではもうほとんど開くことのなくなった台本を年の終わりに、また新年の始まりにもう一度読んでみたくなったのだろうか? 手垢にまみれた台本は、相棒と呼べるくらい愛着が湧く。どこにも売っていない。誰にも理解出来ない。自分だけがメモを記し、斜線を加え、色を重ねたオリジナル台本は宝物だ。だからゆっくりと、じっくりゆっくりと、久々に時間をかけて読み直してみた。読んでみて改めて、濃厚な素晴らしい戯曲だと再認識する。だからこそ演じ手にとっては大変な芝居なのだが…。

元旦のみ、家族親戚と共に過ごす。毎年、相模原の母の実家へと向かう。午前中は冷たい雪が舞った。そんな中での寒中水泳を見物するのが毎年の行事のひとつ。
寒中水泳の最多出場記録を保持する祖父に会う。すっかりご無沙汰。ボサボサ頭に髭面の孫を見ても嬉しいものなのか? ひ孫も3人出来た祖父の機嫌もとても良さそうだった。「長谷川一夫をやるんだってな?」正確には違うのだが、「まぁ、そうなんだよ」と答えておく。
年始に僕の出演作があると、必ず年賀状に宣伝を書き加えてくれた。「水戸黄門」に出演することを誰より喜んでくれたのはこの祖父かもしれない。そんな「水戸黄門」もなくなってしまって、夜9時からからの二時間ドラマで犯人役を演じている自分を見てもらっっても困ると、あまり活動を報告出来ていない。
けれどこの芝居は観てほしい、そうは思いつつも、高円寺まではなかなか来るの難しいだろう。でも映画になれば。映画館になら来てもらえるかもしれない。そのときなら招待したい。その為にも頑張ろう。不義理な孫ではあるが、そんな思いだけは持たせてもらっている。現実的には難しいかもしれないが、孝行出来ることがあるとすれば、やはり演じている姿を観てもらうことに他ならない。

翌日、2日からはジムに行った。担当の木村さんには舞台のことも正直に話し、そこでのパフォーマンスを考慮したメニューを作成してもらっていた。この2日も、みっちりと1時間トレーニングに付き合ってくれた。木村さんのお陰で偏頭痛も首痛も肩こりも改善されていた。何より、スタミナ調整も考えて、食事や日頃の生活のアドバイスまでしてくれる。体幹を鍛え、走ることで持久力を鍛える。舞台が始まれば、二時間は休むことが許されない。苦手なランニングも、この時期ならあえて挑戦出来るのだった。出来る限り、汗をかこうと思っている。本番では、限界まで汗まみれになりたい。汗と熱と息遣いを間近で感じてもらいたい。内容も大事だけれど、今のこの自分が、自分という存在をどこか遠くに放り出して、ここまで無心に、ここまで汗まみれになれることを、馬鹿馬鹿しいくらいに表現したい。故に、走る!
ジムの後は、恒例のカラオケには行かず、翌日からの稽古再開に備える。
草野家は喪中のため年賀状は書かないが、挨拶がてら、舞台のことを告知したりもする。公演初日まで一週間を切っている。逃げも隠れも出来ないし、初日を遅らせることも出来ない。稽古という猶予はあと3日。明日の稽古も本番モードで行くしかない。稽古開始は午後1時からだけど、本番でもそうなることを想定し、朝8時にアラームをセットする。

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年が明けてから、チケットを予約してくれた友人知人のリストが増えてきて、完売間近の公演も出始めてきていた。完売は嬉しいが、肝心なあの人からの連絡はまだない。このままじゃ観てはもらえないかもしれない、そんな嬉しい悲鳴もあげたくなるが、そこはもうどうしようもない。すべての回が満席になれば万々歳だ。
本番直前だというのに、細かいアクシデントも幾つかあった。すべては本番に向けてのリハーサルだと思えば、寧ろ歓迎すべきアクシデントだったかもしれない。これが稽古で良かったと…。
しかし小屋入り直前の通し稽古に金子くんが姿を見せず、熱を出したと報告を受けたときだけは最悪の事態をも覚悟した。流行中のインフルエンザに罹ったのでは?と、誰もが肝を冷やした。
翌る日、具合悪そうに稽古場にやって来た金子くんは、幸いインフルエンザではなかったようで、代役を覚悟していた演出助手の村田くんも拍子抜けした様子だった。
演出助手の村田くん、清水くんは共に、日本映画大学の現役学生。自ら志願しての演出助手らしいが、プロンプに代役にスケジュール調整にチケット管理、弱音も吐かず、本当によく続けてくれた。僕も一度だけ演出助手をやった経験がある。その舞台で一度だけ、歌手であり女優のりりィさんの代役をやったこともある。何事も経験。無駄な経験など何一つないはずで、いつか彼らがこの稽古の日々を振り返ることがあったら嬉しい。また芝居や映画作りの大変さと魅力に気付き、ヤクザな人生に足を踏み入れることとなったら、大いに歓迎してあげたい。
稽古最終日は、美術の金勝さん、助監督の有馬くん、そして村田くん、清水くんが活躍してくれて撤収。スタッフキャスト関係なく小屋入りの為の荷物をまとめた。
一ヶ月以上通った芦花公園の稽古場ともお別れだ。何もなくなった稽古場の床を清掃する山田キヌヲの姿に、しんみりとしたものすら感じてしまう。ガランとした、なにもない空間に戻った稽古場で、積み上げてきた時間は決して無駄ではないと前を向き、いよいよ明日からは高円寺へ向かう。
待ち望んだ劇場の暗闇が待っている。一寸先は闇、とよく言うけれど、いやいや違う、一寸先は光かもしれない。暗闇と光とのコントラストの中で、自分はどこまで弾けられるだろう、どこまで輝き、また心の闇を表現することが出来るだろう。胸が高鳴り、鼓動が一層早まっていく。武者震いってこういう感じなのか?
もう、なんにも考えること出来ない。後はやるだけだ。ぶっ倒れるまで、舞台上でのた打ち回るしか出来ない。可能な限り身軽に、必要最小限なものだけ持って、身体ひとつで乗り込んでやろう。
20年前、映画や舞台に想いを馳せながら過ごした、我が心の高円寺へ。。。。
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舞台「スタニスラフスキー探偵団」を経ての、映画「貌斬り」は絶賛編集中です。完成遅れてる報告もありますが、それもまた当然。滅多に観られない映画へと至る過程でのことです。
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恋唄綴り

第十四章 「オープニング・ナイト」

小屋入りは初日前日の1月7日。翌日の8日にはゲネプロと初日が控えている。劇場で稽古出来るのは小屋入りしたこの一日のみ、のはずだったが、稽古など出来るほどの時間的余裕もなかった。
朝から舞台美術・照井さんによるステージの建て込み。照明・伊藤さんによるライティング。また装飾・金勝さんによる楽屋の飾り込み。演助チームやボランティアのスタッフは、チラシやパンフを折り込んだりと、稽古というより諸準備に追われる一日となった。
それでも、少しでも多くの時間、本番同様の舞台上に慣れておきたくて、楽屋を出てはステージに上がらせてもらう。舞台から見える景色は一面の暗闇で、稽古中はずっとずっとこの眺めを待ちわびていた。劇場の暗闇は胎内のように落ち着く。どこかしらに小さな灯りが見え、それが海の漁り火のように見え、集中力が増す(ような気がする)。困ったら、あの灯りを探せばいい、という風に。奥行きの深くない正方形に近いスタジオのサイズも心地よい。一番後ろの席の観客にも、芝居の熱を伝えられそうな大きさ。
仕事の邪魔かな?とも思うがお構いない。出来るだけ可能な限り、この板の上に馴染んでおきたかったので舞台上をウロウロする。とにかく猶予は一日しかないのだから。
舞台上に、稽古場でも使っていた加湿器が置かれていたのは、金勝さんのアイデアだった。喉が痛くない日はほとんどない。誘導灯のような役割も果たす加湿器が二台、本番でも使用するという。金勝さんなりの労りのプレゼントなのかもしれないが、その加湿器の前に居座ると安心することも出来て有り難い。

この日は、高円寺への転居日でもあった。もう家には帰れない。千秋楽を迎えるまでは、この街に寝起きし、まさしく芝居漬けの日々を送ろうと覚悟を決めた。宿代は持ち出しになるが、終演後、満員電車に揺られながら帰宅する余力があるとは思えなかった。同じく、朝の通勤も。逡巡したが年明けに宿を予約しておいた。この芝居を成功させる為には、多少の出費は最早なんてことはない。
その駅前のビジネスホテルに、午後チェックインし、歩いて5分ほどの明石スタジオに戻る。衣裳のまま移動しても問題ない。やはり宿を取って正解だったと思いながら。
夕方から、ようやく「場当たり」と呼ばれる照明との擦り合わせを兼ねた抜き稽古が始まった。
舞台経験の乏しい自分は「場当たり」であることも忘れ、本番さながらに声を出し、動きわめき、気付くと普段と変わらない通し稽古のようになってしまい、周囲には迷惑かけたかもしれない。がしかし、サラッと流して芝居出来るような代物でもない。ライティングも大事だが、小屋で演じる初めての夜なのだ。あっという間に過ぎていく時間がもどかしい。
夜9時終了。小屋との契約上、長居することも出来ないので、この日は解散。駅前の中華屋で山田、森谷、森川の計4名でビールで喉を潤し、気付けに紹興酒を一杯、呑ませてもらい即解散。自分だけでなく、皆もそうとう疲れていて、また不安でもあるだろう。一番不安を抱えているのは紛れもない自分。とにかく…本番は明日なのだ。まだ場当たりも最後まで通っていない。不安だらけの前日。それでも初日はやってくる。後もう数時間と呼べるうちに…。部屋にも加湿器を用意してもらい就寝。
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1月8日(木) 初日

大好きなジョン・カサヴェテス監督作品「オープニング・ナイト」では、主演のジーナ・ローランズは舞台本番前日に失踪する。「本番までには戻ってくるから」と言い残し…。ひりひりと痛い、苦しい映画だった。その苦しみを越えたところで物語は着地する。エンディングは忘れたが、カーテンコールを浴びたような爽快感があった。果たして今日はそんな一日になれるだろうか? どんな思いでこの宿に戻ってくるのだろう? 全八回の公演ではあるが先々のことなど考えられない。今日この一日を生ききる。今日を最高の一日に「ハレの日」にしたい!! カーテンを開けると快晴だった。
朝食後、出勤するサラリーマンと共に、明石スタジオへ。朝9時入り。
まず着替え。メイクはしない、必要なし。汗まみれになればよい。ウォーミングアップ後、場当たり開始。芦花公園から一転、視界には絶えず暗闇があり、光が導き、音が巡る。その感覚は待ちわびていたもので、それだけで力をもらえた。しかし、そこに観客が加わるのだ。数時間後、まだ一度もこの芝居を見たことのない観客が目の前に立ちはだかる。そんなことも意識しながらの場当たり稽古。
終了後、小休憩。午後二時にはゲネプロ開始。食事…これが困った。ゆっくり食べている時間はない。食欲もそんなにない。けれど食べないと持たない…。頼るべきはやはりバナナ。そしてゼリー。それで持つかはゲネプロで試せばよい。
30分前から諸準備に入り、これも本番同様に楽屋待機。そして、いよいよのゲネプロが開始された。本番の為のリハーサルと呼べばいいのか? それでもこの回しか観ない観客もいるわけだから、ゲネとはいえ手は抜けない。無論、手を抜くような余裕もないが…。
小屋入りしてからの初めての通しにもなる。二日振りの通しということもあったし、何から何まで稽古とは勝手が違い面喰らう。何より調子を狂わせたのが、朧げに見える観客の姿。関係者、評論家、そんなに多くはなかったが、ほとんどが無反応に近く、また皆が腕組みし、冷ややかに芝居を見ているような印象を舞台上で感じ受けてしまい、次第に固く、重くなってきてしまった。その重い空気に呑まれないようにと、どうにかしようと躍起になっては空回り。そんな状況を自分でも感じられるくらいに、無駄に緊張感だけが高まる、それまでの手応えも擦り抜ける、最悪なゲネプロになってしまった。
なので終了後はどっと疲れる。とても流れの悪い芝居だった。要因は自分にあるのは明らかだった。大問題はなく、どうにか最後まで通ったが、そんなことで満足なんてしていられない。数時間後の初日幕開け、今と同じようなことをしていては駄目なのだ。お堅い芝居じゃない、エンターティメント、笑毒劇、なのだ。
演出・細野さんからも同様のことを言われたが、自分自身が一番わかってもいた。さて、どうしたものか? ジタバタしても始まらない。失踪するにも時間がない。約2時間後、この日を目指し、この日の為に頑張ってきた初日がいよいよ幕を開ける———
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ゲネプロ終えて、少しだけ散歩。気分転換を兼ねて、近くはない少し遠いコンビにまで。食べれるかどうかもわからないバナナを一本追加で買う。そして麻薬と化した栄養ドリンク。
夕暮れて来た高円寺の街並を少しだけ歩く。小一時間後には、この劇場を目指して多くの人がやって来るんだな? まるで他人事のように思う。
劇場前の喫煙スペースで煙草を吸っていると、買い出し終えた録音の若林さんに出くわす。何やら物言いたげな若林さんだったが、笑顔で立ち去る。ゲネの緊張振りは若林さんにも伝わったことだろう。けれど特に何も言わず立ち去って行く若林さんに、小さく感謝し、勇気が湧く。
楽屋に戻ると、東映京都撮影所の西嶋さんより、撮入祝いの酒が。初日であると同時に、今日は映画「貌斬り KAOKIRI」のクランクインでもあるわけだ。西嶋さんありがとう。そんなことも忘れるくらい、どうしようもなく押しつぶされそうになっていた。これまた勇気をもらう。
バナナを一本、無理矢理腹に流し込む。。バナナ一本も食べきれないほどの緊張感など初めてのことだった。本当に喉を通らずにむせそうになる。最後は水で流し込む。
開演一時間前に舞台上へ集合。細野さんを囲み、全スタッフ、全キャストが集まる。
「緊張するんじゃなくて、集中するように!」手短に、簡潔に、明朗に、細野さんが話し始める。目が合うと、なんだか泣けてきそうなので、目を合わさず声だけを聞いていた。「後はもう役者のもの」言わなくても解るくらい、役者に、何より自分に、賭けてくれていることも伝わってくる。
景気付けの手拍子をみんなでし、解散。しばらく舞台上に残っていた。初日にして満員御礼。100席近くに増えた座席がびっしりと、劇場内を埋め尽くしている。観客の一人一人を敵のように思うのではなく、最高の友人、最高の味方のように思って、いや思わせて、二時間の長旅をまっとうしたい。いや、誰の為にという訳ではなく、自分の為に全うするべきだ。後はもう悔いなく燃焼することしか考えられない。
長く辛い稽古の日々、いつもこの劇場を待ち焦がれていたのではなかったか? この暗闇、静けさ、一筋の光…。そして観客のまなざし。誰より待ち焦がれてはいなかったか?
もう、稽古場には戻らなくてもよい。あと8回だけしか演じられない芝居。全公演、千秋楽の気持ちで、まずは今日、まずはこの日の一回を、今までで最高の芝居にするんだ。そう言い聞かす。
この舞台上は、感情を自由に披露し、汗だくになるまで動き続け、狂喜乱舞し、血まみれになることすら許される聖域だ。その聖域で、過呼吸になるくらい緊張するなんて勿体ない。集中し、研ぎすませ、飛躍せよ! 今こそ、今日こそ、今夜こそ、だ! 今日を越えなければ明日もない。奮い立たす!

30分前に客入れが開始され、舞台上にはもういれなくなり、楽屋に戻り、鏡前にいた。隣には山田キヌヲ。その存在が、いつも安心させてくれた。けれど、甘えてばかりもいられない。彼女がアイロンをかけてくれた小道具のハンカチをポケットに仕舞い、意を決して舞台袖に行くと、助監督役の森谷が袖で懸命に台詞を唱えていた。自分より緊張し生真面目になっている男を見て、何故かホッとし、「いよいよだな」って握手をする。気遣いの男、森谷は僕に舞台袖のスペースを空けてくれ、しばらくそこに座り、会場のざわめきを聞きながら深呼吸する。
黒子役の道川さん、日里も袖で出番を待っている。5分の開演押しが決まったが、特に何も思わなかった。初日、なのだ。何事もスムーズに行くはずがない。何が起きても大丈夫。2時間突っ走れば、まだ見たことのないゴールが待っている。
水を口に含む。目を瞑り、息を大きく吸い、深く大きく息を吐く。首を回す。肩を回す。そしてまた、水を含む。水以上に生命力を与えてくれる飲み物は他にないかもしれない。何度も何度も、唾と等しいくらい微量に、ペットボトルに口をつける。
もう間もなく幕が開く。失踪はせずに迎えた「オープニング・ナイト」。8回の長回しの第一回目。そう、これは舞台であると同時に、映画「貌斬り」の撮影でもある。舞台上には、カメラがあって、そのカメラが始終俳優を追いかけ回す。何もかもが記録される。公演であり撮影でもある。
戯曲の最初の1ページ。この冒頭がうまく行けば、今夜は絶対大丈夫! だからその一行を、一文を、一小節に集中しよう。後は湯水のように、台詞が溢れ出してくれるはず。稽古の日々を信じるのだ。
「解っております…。解っております…。解っております…」出だしの最初の一言だけを反芻する。たったその一言の音色が、命運を握るような気がして。
会場入口の扉が閉じられる気配が一瞬あって、いよいよだなと覚悟した。それまで流れていた音楽がフェードアウトして、舞台「スタニスラフスキー探偵団」のテーマソングが流れ出す。この音楽がとても好きだった。荒野へ挑むような旋律。さぁ舞台へ向かうぞ!
「よーい、スタート!」心の声で、カチンコを鳴らす。最後の大きな深呼吸をして、舞台へ向けて歩み出す。汗ばんではいるが震えてはいない。一歩一歩、舞台上の定位置へ。
椅子に座って場内を見回すと200の瞳があった。自分だけでなく誰もが初日の緊張感に包まれていた。やがて黒子がやってきて、カメラを担いだ。道川さんはカメラを僕に向け、向けられたカメラの前で、レンズに向け挑発のポーズをとる。カチンコは鳴らないが、映画「貌斬り KAOKIRI」の舞台「スタニスラフスキー探偵団」のファーストテイク、初演がいよいよ始まった。
カメラと決別し、観客席と対峙する。静寂。圧倒的な暗闇がそこにあった。そして第一声ーーー

その後は無我夢中。言葉にするとチープになりそうなので控えることとして、これ以上のことは記憶も乏しく、とても書けそうにない。写真は故にほとんどない。残念ながら…。
ただひとつ言えることは、お客さんのエネルギーによって、稽古では至れなかった世界に、芝居も僕も連れて行ってもらえたということ。劇場には、やはり劇場にしかない聖域があり、そこは本当に自由で、甘美で、「ハレの日」と呼ぶにふさわしい何かが潜んでいることを初めて教えてもらった。
初日の、声援にも似た思いがけない笑い。とにかく勇気をもらった。
二日目の翻弄、初めての昼と夜の葛藤、憔悴。手応えを得れば新たな課題が顔を出す。
三日目の本末転倒、自信と過信を思い知る。夜の回の前に、カラオケの鉄人さながらに再び本を読んで臨む。30分の補習。
四日目の復活。原点に立ち返る日。千秋楽前に、新たな感情に出会い、物語の奥深さを知る。
そしてそして千秋楽の大団円。終演後の拍手喝采は、生涯忘れることはないだろう。舞台って、生ものなんだなぁってことを、今回ほど思い知ったことはない。
そんな瞬間も、あんな瞬間も映画の中に、映画「貌斬り KAOKIRI」にすべて刻まれていることだろう。
だからこの「恋唄綴り」もひとまずはこれで終了。長々お付き合いくださり、ありがとうございました。

舞台「スタニスラフスキー探偵団」を経ての、映画「貌斬り」は絶賛編集中です。完成遅れてる報告もありますが、それもまた当然。滅多に観られない映画へと至る過程でのことです。
この文章は、その完成した映画を、全国各地の映画館で観てもらいたい一心で書いてみようと思ったものです。
映画「貌斬り」はモーションギャラリーサイトにて、劇場公開を支援していただける方を募っています。良かったらサイトの方もご覧になっていただければ幸いです。募集締め切りはもう間もなく終了となります。
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情報拡散、シェアも大歓迎です! 引き続きよろしくお願いします!

そして、これまで賛同してくださった皆様、本当にありがとうございました。
完成後のこと、また「恋唄綴り」の続編として、報告を兼ねては書いていけたらとも思います。
そして東京だけではなく、ひとつでも多くの劇場で上映されるよう努力することが、賛同してくださった皆様への恩返しになるのだと思います。
その際は出来るだけ、自分も劇場へ馳せ参じたいと思っています。






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この場を借りまして、全スタッフ、全キャストの皆さん、本当にお疲れ様でした。
映画を、映画館の暗闇で。DVDやスマホで見るような映画ではないことは間違いないのですから。その為に出来ることの何かを探していきます。興行面ではまったくもって非力な主演俳優の映画ですから、どうか今後ともお力をお貸しください。1人でも多くの人に、映画が届いてくれますように…。これからもどうぞよろしくお願いします。

最後の最後に細野辰興さん、今の僕を主演に捉えて映画を作るということが、本当に不届きな企画なのだと思います。その思いに応えたい一心で、約二ヶ月の日々を闘うことが出来ました。かけがえのない30代最後の挑戦の日々を、本当にありがとうございました。
映画「貌斬り KAOKIRI」は紛れもなく、今の草野康太の代表作となることでしょう。完成を楽しみにしています。